その15
「んー、知っているとツボにはまる様な話なの?」
初めて見る鱗人の大笑を見て、レイは困惑気味に尋ねる。
「ある意味では、な」
何とも言えない顔付きで、アレウスは答える。「大迷宮に於いて、勘違いしてはいけないのが金などものの役に立たないという事だ。ああ、必要不必要の話であるならば必要だぞ? 問題は、金があってもそれでは何の役にも立たないと云う処でな」
「お金は大切でしょう?」
アレウスの言っている意味が分からないと云った顔付きでレイは首を傾げた。
傭兵としてのイロハをレイに叩き込んだのはアレウスであり、その時に金に無頓着気味であったレイを叱り飛ばしたのもアレウスである。
そのアレウスから金は役に立たないなどと言われては、困惑以外の感情を持つ事は難しかった。
「同じくらい人との縁が重要と云う事だろうて」
何となくレイの心情を読み取ったリ’シンが軽く助け船を入れる。
「後、素材だな。表層ならば兎も角、第四層以降の階層に挑むのならば、先程も云ったが最低でもその階層で手に入る素材を使った装備が必須だ。そして、その様な素材を金で手に入れようとするならばいくらあっても足りはしない。それに物欲と云ったが、純粋な意味での財産の話ではなくてな、取引材料となる素材の話でもある。金よりも現物の方が好まれるからな、迷宮都市では」
アレウスはにやりと笑い、「だからこそ、あと一戦遣れる余裕がぎりぎりあるからと云って背伸びしてみたり、もう少しだけ素材を集めれば目的のものが手に入るから何とか無理矢理にでも探索を続けるとかする者が後を絶たぬ訳よ。まだ行けるはもう行けない、大迷宮を潜る冒険者ならば誰もが知っている金言を無視しても、な」と、肩を竦めて見せた。
「何せ、金で取引すると重みで床が抜けると云った笑い話がある程だからのお」
「取引を分かり易くする為に造られた貨幣が意味を無くすのだから笑って良いのやら、感心して良いのやら複雑な心境にもなる」
リ’シンの言葉にアレウスは深々と頷いた。
中原近郊で一番信頼されている山小人の金貨一枚で買えないものと言えば、余程の価値を持つものぐらいである。何せ、庶民が何とか一月生活するのに十分な価値があるのだ。それ程の物が塵芥のように扱われているという時点で迷宮都市の経済感覚は異常だと言えた。
「あ、面倒な政の話は流しちゃおう。今は、迷宮都市の事情を知りたい」
放っておくとどんどんそちらの話題に転じそうな雰囲気を察知したレイは話題の転換を提案した。
「素直で実に宜しい」
如何にも楽しそうにアレウスは笑う。「物の価値を計るという意味での金の意味は当然迷宮都市でも通じる。だが、金よりも貴重な素材がゴロゴロしている所為で貴金属の価値が暴落していてな。大迷宮で態々着飾って冒険する者も無し、迷宮都市でじゃらじゃらと装飾品を身に付ける暇があれば素材を扱える相手を探す時間に割いた方が価値があるような場所だ。外で価値がある物も、迷宮都市では無価値と見なされる事が多い。金もその中の一つで、ある意味、貨幣経済が破綻しているのだよ」
「物々交換の方が信頼されていると云っても過言ではないからの」
「流石に金貨を何千枚も常に持ち歩くのはしんどいからな」
リ’シンの言い種に思わず苦笑しながらも、アレウスはその理由を端的に表現した。
「寧ろ、腕利きの冒険者の場合、手持ちの数千倍にも及ぶ全資産を誰が貨幣で用意できるというのかね?」
「一理あるな」
二人は同時にかんらからと笑い出す。
顔を見合わせて笑っている二人に、
「価値が見合わなかったり、お釣りが生じる場合は物々交換だと不公平を生むよね? その場合はどうなっているの?」
と、レイは尋ねた。
「貨幣を直接使わないだけで物の価値自体は山小人の金貨で換算されている。仲介に立つ商家が為替を発行し、取引を成立させる訳だ。ま、物々交換と云ったら云い過ぎではあるのだが、俺達から見ると、な」
苦笑しながらアレウスは本当の事を言う。「迷宮都市に食い込む商家同士が動かす金は一日で一国を一年動かすに値する額にもなる時もある。実際にそれだけの金を動かせる訳がないから帳面上の扱いとなる訳さ。そこら辺が分からない冒険者から見れば物々交換をしている様にしか見えない。故に、その感覚の摺り合わせが商家の腕の見せ所でな。迷宮都市で稼ぐ商家と稼げない商家の差は冒険者の信頼を得る事が出来るか否かに掛かっている訳だしな」
「ま、冒険者の信頼を稼いだとしても、外の販路を持っていなければ今度は外の商家に喰われるからのお。本当の意味で稼げている商家はどれほど居るものかの」
「まあ、外でぼられたとしてもそれ以上に儲けているから、一度食い込んだら余程の事が無い限り身代畳む事は無いだろうさ」
リ’シンの言葉に、アレウスは肩を竦めながら応えた。
外から入れる物資で足元を見られたとしても、大迷宮で産出した物を売り捌く際には逆に足元を見て売買しているのだ。売り物さえ用意できるのであれば、どう足掻いても外の商人に勝ち目はない。金を巻き上げようにも価値が違いすぎてどう足掻いても赤を出すのだ。他の場所で寄り稼ぐしかない。
「ま、取引先の徒党が解散したり、全滅したならば話は変わるがの」
アレウスの言わんとしている事を理解し、リ’シンは迷宮都市内で成功している商家が没落する唯一無二の理由を指摘する。
「徒党が一つ二つ無くなった程度で潰れるような商家なら仕方ないな。話にもならん」
アレウスははっきりとした言葉で冷たく言い放った。
「まあのお。そうさせない為にも幾つかの徒党を飼えぬようでは、な」
リ’シンは真実を理解しながらも軽口を叩く。
大迷宮に挑む徒党はそれなりの数である。
ただ、商家が望むだけの稼ぎをたたき出せる徒党となると一気に数が減る。
アレウスの言う一つや二つを子飼いにする商家の方が迷宮都市全体で見れば多いのだ。
その内の一つが成功し、経営が軌道に乗ってきたところで更なる金の卵を囲い込む。
それができてようやく迷宮都市で世渡りしていく商家として一人前と言ったところなのだ。




