その10
「ハイランドに危機が訪れるかね?」
アレウスの言よりリ’シンは彼がどう予測しているのかを正確に把握した。
リ’シンは“江の民”の一方の顔であるだけあって世間の事をよく知っている。知っていて隣村までと言った民衆が大半を占める世界で、どこにどの国があり、そこを治めるのは何者かと言う事を即座に答えられるとなれば、相当に調べ上げなければ分からない事柄である。
その上、“江の民”から見れば人間の国など興味がないものなのだ。それぞれの国の関係まで把握するとなれば、一国の宰相であっても舌を巻くであろう。何せ、自分の国の民ですら知らないことが多いのだから。
しかしながら、鱗人と人間の考え方の差は埋めがたく、アレウスが至った結論をアレウスの説明なくして理解するところまでは至らなかった。
「少なくとも“帝国”の北進が始まるのは間違いない。“覇者”の方も首尾良くバラーを落としたならば、ハイランドにちょっかいを駆け始めるだろう。平穏無事な時代は終わったとしか云い様が無いな」
アレウスの方も、リ’シンが物知りとは言えど理解出来ない話もあると重々承知している。しているが故、自分が出した結論の概要を軽く説明する。
流石にそこに至る迄の判断材料は話すわけには行かなかったので、誰に対しても似た様な説明しかしなかったであろうが。
「やれやれ、ここら一帯も騒がしくなるかの」
「最初から騒がしいだろうに」
リ’シンのどこか戯けた口調にアレウスはくすりとした。
少なくともソーンラントと“江の民”の諍いは数百年来の問題であり、ここ数年で動向なったという問題ではない。お互いにそれを知った上での戯れ言であり、アレウスの気分を晴らそうとした行動と誰から見ても丸わかりであった。
「あれ? そうすると、その騒がしい地域のど真ん中にある迷宮都市って、凄く面倒な場所?」
「ソーンラントからすれば、アーロンジュ江を制する為に抑えておきたい要地であろうな」
はたと気が付いたレイに対し、アレウスは和やかに答えた。
「だが、我らの口伝にも人間が付けている歴史にもあの島が落ちたという話は存在しない」
「落とせるわけがない」
アレウスはクスクスと笑いながら、「誰が亜龍を苦も無く倒す戦士を屠るのだ? 有象無象を焼き尽くす魔導師の術からどこに逃げるのだ? 迷宮の怖ろしい闇ですら己の隠し場にする忍びの者をどの様にして見つけ出すのだ? 第四層を抜けた冒険者は既に人の域を越している。どれもこれも英雄に成り果せてしまっているのだ。一人二人の英雄相手ならば人の力でなんとでもなるが、英雄の群れを相手に有象無象で何が出来るのかという話よ。その上、良くて上陸戦、悪くて船戦。どちらも、少数で多数を打ち破る勝機のある戦い。さてはて、中原随一の精鋭が揃う島に数だけで何とかなるものなのかな?」と、愉しそうに楽しそうに語る。
何か言いたげなレイに対し、
「先に云っておくが、我ら“江の民”でもどうにもならぬぞ? 水の中に引き込んだ処で何とでもされてしまうからな。流石に、歴代でもアレウス程の使い手は少ないが、その領域に手が届きそうな強者が迷宮で産した神器や呪物で身を固めておるのだぞ? 人間より数の少ない我らではどうにもならん」
と、リ’シンは先手を打った。
「最初から力押しをする気が無い方からそれを保証されてもなあ」
「どういう事?」
アレウスの意味深な台詞にレイは首を傾げる。「“江の民”にとって迷宮都市のある土地は聖地なんじゃないの? だったら、自分達のものにしたいんじゃ?」
「確かに迷宮都市のある島やその地下にある大迷宮を“江の民”は神聖視しているが、別段そこを探索するのを禁じているわけではない。禁じていることがあるとすれば、俺達が未だに辿り着いていない最下層についてのみ。そこに至る迄の道程は“江の民”にとって重要ではない。逆に、冒険者にとっては、そここそが宝の山。だからこそ、リ’シンの様な監視役を迷宮都市に置いているのだ」
レイの持つ疑問を至極もっともだと思ったアレウスは冒険者と“江の民”の意思の違いをさらりと説明して見せた。
「……ん? 最下層、監視役? それって、アレウス以外にもいるの?」
「おらんだろうな」
リ’シンは肩を竦め、「我が知る限り我が友以外に本気で“古の都”を目指している者を知らん」と、首を横に振って見せた。
「すると、実質アレウスの見張り?」
「表向きは」
アレウスは苦笑する。
「我が友よ。寧ろ、それが裏の仕事だ」
リ’シンは溜息を付いた。
「どういう事なのさ?」
二人の話が微妙に食い違っていることにレイは混乱する。
「我の表向きの仕事は“江の民”と迷宮都市の意思決定機関である評議会との連絡役だ。確かに我が友の云う通り、“古の都”に至ろうとしている者を監視する任はあるがね、形ばかりのものだ。隠しているつもりは無いが、別段それが今の我らにとって最重要な案件では無い」
「その割には俺に与えた試練が洒落になっていなかったのだがな」
アレウスにしては珍しく粘度の高い恨み節をリ’シンにぶつけた。
「いや、流石にアレは狙ったものでは無い。偶然の産物だ」
やや焦り気味にリ’シンはアレウスに言い訳をした。
「あそこまでの大物、迷宮ですらお目に掛からないのだがな? リサが居なければ、今頃俺はあの世行きだったぞ?」
「我らとてあそこまで育っているとは知らなんだ。もし、知っていたとしたならば冒険者組合の方に依頼を出しておったわ」
追及の手を緩めないアレウスにリ’シンは平身低頭で謝罪をし続けながらも言い訳も続けていた。




