その7
「要するに、俺の正体をどうやってかして知られた場合、リサがハイランドに付くと怖れたソーンラントの何者かの手で彼女が暗殺される可能性が高かったという事だ」
エクサの反応からアレウスは自分の正体がソーンラントの人間にならば直ぐにばれると確認できた。
リサと別れた当時はそこまで確信してはいなかったが、今となっては用心していて良かったと思っている。間違いなくファーロス一門以外の有力者に知られたら最後、リサを人質に取るか、ハイランドに落ち延びる前に暗殺するかのどちらかであっただろうと確信していた。
「え? そこまでやるの?」
アレウスの台詞を聞いてレイは目を大きく開いて驚いた。
彼女が知っているソーンラントの要人と言えば、エクサだけである。その知識から、そこまで手を汚す様な真似をするとは思えなかったのだ。
実際、ファーロス一門は暗殺などの搦め手は好みではないのでレイがそう感じた事に間違いは無い。
当然、付き合いの長いアレウスはそこら辺の機微を読み、
「まあ、レイはエクサ殿しか知らないからなあ」
と、ソーンラントの気風をそれとなく目の当たりにさせなかった自分の判断に思わず溜息を付いた。だからと言って、実際に他の有力氏族とアレウスを含めて出会う事自体不可能だったのだから、どうしようも無かったのだが。
「あの御仁か。顔で判断すると痛い目を会うな」
アレウスの雰囲気から話題の方向を変えた方が良いと読み取り、リ’シンは自然な流れで問題無さそうな話題に変えて見せた。
「あれで四十路で子持ちだからなあ。三十路処か、二十代でも通じるぞ」
リ’シンの配慮に感謝しながら、心底呆れた口調でアレウスは首を横に振って見せた。
各地を放浪している間、多くの人と交流を深めてきたアレウスにしてみても、エクサの見た目の若さと比肩する者を見知らなかった。
「人間の年の差などは分かり辛いが、流石にあの男は実年齢に比して若すぎる気がするな」
鱗人にしては人間と交わる機会が多いリ’シンであったからこそ他種族である人間の違いをある程度見極められた。流石に相手の年齢と見かけを完璧に見極められはしないが、それなりに違いが分かる様にはなっていた。
しかしながら、そのリ’シンにしてみても、ある意味でエクサは違和感の塊であった。
見かけからしてみると内面と釣り合わない。その内面からにじみ出す重厚さを他に見てきた人間と比べると明らかに彼から見ても見かけが若すぎた。
話が分かる相手だからこそ交渉相手にしたいのだが、交渉相手にしようにはリ’シンからすると違和感による警戒心が先に来てしまう。どうにも、遣り難い相手であった。
「それを最大限に利用しているから、あの方は老獪だよ。見た目に騙される奴が多すぎる」
リ’シンの態度を見て、アレウスは深々と頷いて見せた。
「アレウスだって、会ったの初めてだったんでしょ?」
偉そうな態度で論評するアレウスにレイは些か呆れた。
「噂はかねがね聞いていたからな。驚くに値しなかったし、それに俺は気の流れで大体の年齢が掴めるからなあ」
別段大した問題ではないとばかりにアレウスは然う言い切って見せた。
「少しその探査方法は万能過ぎないかなあ?」
アレウスならそれをやれると分かってはいても、レイからしてみると何か納得がいかないものがあった。
「そうでもないぞ? 魔法生物の様な造られしモノや不死者の様な生気を持たないモノには気の流れなど無いからな。目視が重要になる」
使いこなしている本人からしてみれば、気とはそこまで万能なものではない。それを理解して貰おうとアレウスは知らず知らずに熱を籠めて力説していた。
「そんな物騒なモノと出会う人が少ないんだよなあ」
何とも言えない顔付きでレイは思わず溜息を付いた。
レイの言う通り、魔法生物にしろ、不死者にしろ、人間の生活圏内にそうそう存在するものではない。
魔法生物は読んで字の如く、魔法により仮初めの命を吹き込まれた存在全般を示す。魔導師が術で使役する魔導人形当たりが有名であるが、古の昔ならば兎も角、現在の魔導師では良くて数日間働く程度のものしか作る事が出来ない。
故に、太古の昔から動き続ける魔法生物と出会うとするならば、それ相応の場所のみとなる。
魔導人形以外にも何らかの気体に生命を吹き込んでみたり、財宝そのものに命を吹き込む事で自分自身を守る番人にするなど侵入者がまさかと思う様なものを動かす事で迷宮の罠としても活用している。
一方の不死者は魔法生物よりは一般の民衆であっても出会う事がある化け物だ。不遇の死を遂げた生物が末期の無念やら未練、強烈な生への渇望など眼前に迫った死を拒絶する頑強な精神が自然な生命の循環を撥ね除け、不自然な形で世界に残る。命は尽きているはずなのに、その場にある状態、それが不死者である。
低位のものならば、合戦のあった地で供養もせずに死体を放置すれば大量に発生するし、濡れ衣を着せられて殺されたものが亡霊として化けて出る事もそれなりにある。
だからこそ、人々は死者の無念を少しでも和らげる為に神に祈り、その代行者足る神職につく者が浄化して廻るのである。
但し、それは不自然ながらもある意味で自然に発生する不死者である。
中には、死を怖れて自ら不死者となる者もいる。
ただし、余程どうやれば不死者と変成するのか詳しい知識が無ければただ無駄死にするだけであり、魔導を極めた者やら、神に仕えていた者が何らかの理由で不死者を目指すでも無い限り滅多に無い事でもある。
要は、この類の特殊例を生きている内に見ると言う事は、余程運が無いという事だ。
熟練の冒険者が幾つもの難関迷宮を乗り越えて一回会うかどうか、と言った処である。
レイの言い分は正しく正鵠を射ていた。
「安心しろ。大迷宮を潜っていれば、どちらとも嫌でも出会う」
引っ込みが付かないのか、アレウスはそれでも自説を曲げずにいた。




