その5
「リサ・マックニール?」
初めて聞く名前をレイは鸚鵡返しする。
アレウスがこれほど迷宮都市での話をするのは彼女からしてみれば初めての事であり、これから行く先の前情報として、昔のアレウスを知る相手の為人を知る為にもこの機を活かして聞き出したい処であった。
「ああ。俺が知り得る限り、彼女を越す魔導師を見た覚えはない。もし、彼女を宮廷魔導師として抱え込みたいならば、それこそ一国を購う位の価値を持つ呪物か、有史以前の時代に生み出された神器、若しくは彼女が満足する知識と引き替えであろうな。少なくとも、彼女が知らない有史以前の書物ならば一冊に付き一年ぐらいは雇える可能性が無きにしも非ず、程度かな?」
暗にほぼ雇い入れる事は不可能とアレウスは言外に語りながら、何やら楽しげに笑い飛ばす。
「何れにしても誰も用意できない先立つものが必要と言わないか?」
呆れた口調でリ’シンはアレウスに問い返す。「国を傾けかねない給金、国の威信に懸け到底譲り渡せぬ様な国宝、太古より知識を伝承している森妖精ですら有しているか危ぶまれる書物。よくもまあ、ここまで不可能な話を連ねられたものだ」
「俺を雇い入れるのにもその程度必要だから変わりはしないな。大迷宮で第六層以降を問題なく歩き回れる冒険者の価値は一層下に行く程価値が跳ね上がるからな。第八層まで到達している俺達ならば現状その程度で済むであろうよ。まだ、値段を付ける事が出来る領域だ」
大した問題ではないとばかりに、アレウスは笑い飛ばす。
「値段が付けられないって雇える相手なのかな?」
意外にも真剣な顔付きでレイは悩み込む。
命に値段を付けるのが当たり前の傭兵稼業を営んできたレイである。値段を付けられない仕事など逆に想像にも及ばなかった。
「まあ、友情で頼み込む、同じく値段の付けられない大業物を献上する等が考えられるな。要は相手の価値をどれだけ理解しているかをどう示すか、だ」
その問い掛けに傭兵としても冒険者としても名を挙げてきたアレウスは、「結局の処、どこまでお互いに信が置けるかという問題に帰結するんだよ」と、ある意味で雇用関係に於ける究極の理を告げた。
「どちらにしろ、“古の都”を目指しておる連中がその程度で靡くとも思えんのだがの」
「それはそうだ。迷宮に潜る事を目的としている連中を仕官させるとなれば、余程の何かが無ければ先ず無理だろうさ。金儲けの為に潜っている連中なら、傭兵の様に金次第であろうが」
アレウスは呵呵と笑ってから、「まあ、金儲けの為に潜っている連中だと大体第五層まで行ければ……そこで数年持続していれば一生食っていけるぐらいは何とかなる、か? 一生遊んで暮らしていくとならば、第六層まで行かないと辛そうだが、な」と、真面目に考察して見せた。
迷宮都市の地下にある大迷宮は他の迷宮に比してもある意味で特殊と言えた。迷宮の最下層へ誰も至っていない事、発見されて以来数百年近く経つというのに未だに何れの階層の魔物も宝物も枯れていない事、そして何よりも迷宮の罠や仕組みがある程度の周期毎に回復している事である。迷宮郡の幾つかは完全に謎が解かれたものもあるが、大迷宮だけは謎の糸口に辿り着いた者が現れる様子が無かった。
この特性上、大迷宮から産出される出土品や徘徊する魔物の遺骸で生活の糧を得る事が出来るわけで、それを失うかも知れない迷宮の謎を積極的に解こうとする者が現れない原因の一つとも言えた。
故に、少なくとも浅い層はどこがどうなっているという情報がもたらされ、迷宮探索という意味では完全に効率化されてしまっていた。不確定要素は、どこでどの魔物と出会い戦ったか程度であり、それが収入を左右する大きな問題となった。
そして、その副産物として大迷宮の何層で仕事が出来るという目安が出来たのである。大迷宮に於ける冒険者の価値はそれが全てと言えた。
「要するに、それを越す額を出さないと雇えないって事?」
「後は身分保障、か。冒険者など、所詮は破落戸扱いよ。貴族やら、王族やらの配偶者となり、老後の保障がされるのであればそれに乗っかる者もいるであろうな。そこら辺に価値を見出す者かどうかでも話は変わってくる」
アレウスは大迷宮では手に入らないものを挙げてみせる。「実利の次は名を欲しがる者がいる事は世の常よ。逆に、大迷宮で稼いだものでそれを買う奴だって居るぐらいだ」
「アレウスにもそんな話は飛び込んできたの?」
少なくとも、レイが何かの折りに聞いた軽い話では、アレウスは相当大迷宮で稼いだ筈だし、その腕前も確かなものである。彼の話が正しければ、アレウスにも仕官の話やら何やらが飛び込んでいないと筋が通らなくなる。
「俺は無いな。何せ、深く潜り過ぎていたから、がっちりと商家が囲い込んでいてな。金の話ではどうにもならなかった上、“大徳”からの仕官話を蹴っていたのもある。御陰で少なくとも俺は無音状態で大迷宮に挑めていたぞ?」
レイの予想とは逆の答えをアレウスは平然と答えた。
「御主が潜るのを止めるとなれば、囲い込んでいた商家は大打撃だったのでは無いのか?」
商家が囲い込むと言う事は、それだけアレウスの徒党が富を生み出していたという事である。商家がそれを失う事を何もせずに手を拱いていたのかという疑問をリ’シンは当時から抱いていた。良い機会とばかりに、思い切ってリ’シンはそれを尋ねる。
「さて? あそこはかなり手広く遣っていたからな。他の徒党があるから、俺達が潜っていた頃よりは荒稼ぎできないが、それなりの儲けは出せているのではないかな? 今でも、それなりに何かと良くして貰っているし、それが他の冒険者への信頼を買う要因になっているであろうから、損はさせていないつもりだよ? 流石に、向こうも徒党壊滅に関しては何も云えぬからなあ」
リ’シンの問いが尤もであったからこそ、アレウスは首を傾げながらも自分の考えを纏めながら答えてみせる。
アレウスにとっても、彼が世話になっていた商会が特に条件も出さずに解散を認めた事は少しばかり疑問であったのだ。




