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アレウス廻国記  作者: 高橋太郎
迷宮都市
63/171

その3

「別に驚くほどのことでもない。上二人の兄が優秀すぎて家に居場所が無かった。いや、全く無い訳では無かったのだが、俺にはそう感じられた。産まれた時からと云うと些か大袈裟だが、物心ついた頃には如何にして斬れば人を容易く斬れるかと云う確信があった。本当に感覚的なものなのだが、実際その通りに剣を振れば予測通りに斬れたからな。思い通りになる事が楽しくてその技を磨き続け、気が付いた時には大の大人だろうと負ける気がしないぐらいには腕が上がっていてな。只、人斬りでは生きていけないのも確かだから、そこら中にいた腕自慢の武芸者に挑んではその技を盗んだり教わったりしていった。そして、気が付いたら化け物も容易く斬る術を手に入れていたわけだ。後は、それを机上の空論にしたくない一心で、旅に出たくなった。それだけの話よ」

 つまらなそうに言い放つと、アレウスは杯に酒を注ぎ直して一気に呷った。

「やれやれ。本当にそれしか無い者が聞いたら噴飯物の云い種だな」

「選ぶ道は確かにあったが、自分だけの自分のものと胸を張れるものがそれしか無かったという意味では誰にも文句を云わせる気は無いよ」

 自信満々にアレウスははっきりと言い切った。

「そして、それを裏打つだけの業もあるか。他に楽な道もあっただろうに、態々苦行を選ぶのだから、余程剣術が好きと見える」

「そうだな。それだけははっきりと云えるぞ。俺は何よりも剣が好きだ。それに全てを注いでも惜しくは無いと云い切れる位にな」

 アレウスは晴れ晴れとした表情で呵呵と笑った。

「成程、病膏肓(こうこう)に入るとは正にこの事か」

 リ’シンは深々と頷いてみせる。「すると、大迷宮に挑むのも己のやって来た事の確認の様なものかね?」

「それはどちらかと云うと求めている結果の過程に過ぎないな。先にも云った気はするが、迷宮の底にあるものを見届ける為だ。大迷宮に挑むのはそれ以上でもそれ以下でもない。まあ、剣の腕に自信があるからこそ、大迷宮を踏破しようと思ったと云う因果はあるかな?」

 杯を手の内で弄びながら、アレウスは意外にも真面目な顔で考え込んだ。

「“古の都”を目指しているのでは無かったのか?」

「ああ、最下層にあるとされるそこは目指している。ただ、俺が知りたい事がそこにある可能性が高いだけで、実際の処はそれが得られるのならばどこでも良かった。ただまあ、“古の都”が一番確実そうなのは間違いない事実なんでな。自分の手札と見比べて、遣れそうな事を選んだまでだ」

「口伝で知った事かね?」

「それもあるし、まだ実家にいる時に色々と調べ廻った結果でもある。“世界樹”に関わる事柄、それを調べられれば俺が知りたいことに近づける」

 “世界樹”。

 数多の別の呼び名はあれども、そのもの自体は一つしか無いとされている。

 曰く、世界を支える大木。

 曰く、始原の生命。

 曰く、生命の始祖。

 曰く、全ての始まり。

 様々な伝承を多く残すが、森妖精(エルフ)と深い関わりがあるという話だけは全て共通している。

「“古の都”に“世界樹”は無かった筈だが?」

 リ’シンも“世界樹”に関しては詳しくはないが、“古の都”と呼ばれる地に住んでいたのが森妖精で無い事ぐらいは知っていた。

「ああ、“古の都”自体には“世界樹”の欠片も存在すまい。只、そこに住まう者が“世界樹”と何らかの関係があった事は間違いないのだ」

「……何か、掴んだのか?」

 アレウスの自信満々な態度から、リ’シンは何らかの確証を掴んでいると睨んだ。

「さて……。と、云いたい処だが……」

 左右を見渡し、自分達とレイしか居ないのを確認してから、「これを見ろ」と、懐から茶巾に包んだ何かを用心深く取り出した。

 リ’シンはアレウスに目線で許可を求めてから、慎重にその包みを開く。

 レイも何か惹かれるものを感じ、膝行で二人の許に何気なく躙り寄った。

 甲板に広げられた茶巾の中には黒い石の様なものが鎮座(ましま)していた。それには何やら文字らしきものが彫り込まれており、怖ろしく強い力を発していた。

「……何、これ?」

 ある意味でものを知らないレイがアレウスに尋ねる。

「呪物さ、太古の森妖精の、な」

 我が意を得たりとばかりに、アレウスはにやりと笑った。

「何で森妖精のものと分かるの?」

 ぱっと見只の黒石にしか見えないそれのどこをどうやれば森妖精の呪物などと確信を持てるのかレイにはさっぱり理解出来なかった。

「それはな──」

 アレウスが何か言おうとした瞬間、

「友よ、直接触ってみても良いかね?」

 と、リ’シンが石から目を離さずに尋ねて来た。

 一瞬驚いた表情を見せてから、「どうぞ」と、直ぐに満面の笑みを浮かべてアレウスは頷いて見せた。

 その言葉を受け、リ’シンは恐る恐る黒石を己の手で触れる。

 触った瞬間、リ’シンは雷に打たれたかの様に身を硬直させ、直ぐさま手を離した。

「こ、これは……」

 幾分畏れの交じった驚きの声を上げ、リ’シンは行き成り黙り込んだ。

 にやにや笑いながら、

「レイ、君も触ってみるかい?」

 と、アレウスは水を向けた。

「危険なものでは無いの?」

 リ’シンの様子を見ながら、レイは怪訝そうな表情でアレウスに問う。

「命に別状は無いよ。何せ、俺が常日頃から持ち歩ける程だ」

「成程。他に別状はあるんだね?」

 アレウスとの付き合いがそれなりのものとなっているレイなのだ。アレウス独特の言葉の使い回し方には慣れきっていた。


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