その2
「……まあ、鱗人にとって、あそこが如何なる聖地であるかぐらい承知しているよ? だがね、うちの家──と、云うよりは一族の口伝に気になるものがあってね。俺個人としても、それを見届けてみたいのさ」
「口伝、とな?」
興味深そうにリ’シンはアレウスを伺う。
「流石にそれはいくら俺と貴公の仲でも今は教えられんよ」
苦笑しながら、アレウスは杯を乾す。
「ふむ、他の種族に伝わる口伝に興味があったのだが」
心底残念そうに、リ’シンは呟いた。
「時が来たのならば、貴殿に教えると約束しよう。まあ、そうは云っても、本来ならば俺が知っているのはおかしいのだがな」
「どういう事だね?」
アレウスの奇妙な言い種にリ’シンは疑問を覚えた。
アレウスの性格上、他人に教えてはならない事を口外するとも思えないし、特別な事情で知ってしまった事を他人に安請け合いで何れ教えるなど口が裂けても言い出さないはずなのだ。
「まだ家を出る前の話だが、兄に世界のありとあらゆる謎を解いてみせると啖呵を切った事があってね。その時に、兄上からその夢の一助となればと当主にのみ伝えられる話を聞かせて貰ったのさ。兄上からは、俺が見届けた謎が口伝通りならば信用出来る者と相談するなり話すなりしても良いという許可は貰っている」
その答えを聞いて、
「それは随分とお優しい兄上だな」
と、思わずリ’シンは素直に感想を述べた。
アレウスの出自に想像は付くが、その様な家に伝わっている一子相伝の口伝を条件次第で口に出しても良いなどと許可を出すとなれば、余程の人物でも無い限り決断できない事だろう。大物か、莫迦か、そのどちらかか、若しくは、アレウスの事を信頼しきっているのか。
相手の実像を知らぬリ’シンには想像すら出来なかった。
「身内に甘い方でね。そうでもなければ、俺がここにはいないさ」
リ’シンの内情を知ってか、アレウスは端的に兄を評した。
「成程。出奔という訳でも無いのか」
これまで得た情報から、実家の事を隠しきっていない当たりでそうではないかと思っていた事をリ’シンは確信した。
「多分、地元で病気療養している事になっているのではないかな? 確かめていないから分からないが」
他人事の様に自分の扱いをアレウスは推測してみせる。
実際、アレウスからしてみれば、余程の事でも無い限り家に戻る気は無いので、そこら辺の事情はどうでも良いと言えばどうでも良かった。
但し、快く送り出してくれた兄達に対する感謝の念は忘れていないので、事ある毎に手紙と土産を欠かさずにいたが。
「それは長い病気療養だな」
アレウスが地元を離れてどの程度になるのかを知っている為、リ’シンは些か呆れた口調で感想を述べた。
「剣術の病という意味では正しく療養中だな。問題は当人に治す気が無いのと、その病が不治の病という点だが」
冗談めかしてアレウスは肩を竦めて見せる。
「何だ、病にかかっている自覚はあったのか」
多少驚きを覚えながら、リ’シンはアレウスを見た。
他人からどう見られているかと言った事に割りと無頓着に見えていたのだ。それが、はっきりと自覚しているとなれば、驚かずにはいられない。
「何故か誰も対人剣術を編み出そうとしていない世界で、一人世の流れに逆行していたんだ。嫌でも自覚はする」
アレウスは自嘲の笑みを浮かべた。
実際問題、この世界で人類種の最大の敵は何かと問われれば、魔物を始めとした意思疎通の出来ない生き物たちである。硬い鱗で覆われた亜龍や大型の爬虫類、巨大な虫や失われた古代文明の残した合成獣など例を挙げれば枚挙に遑が無い程だ。
そして、その様な化け物を粉砕できる力があれば、人類種も又容易く殺す事が出来る。
逆に人を殺せる技があったとしても、それで化け物を殺せるかと言えば疑問が残る。
それに、人を殺す業などこの世界では戦争以外で役立つ事など先ずない。人を意図的に殺す職にでも就かない限り、役に立たない技術であった。
「ならば何故それを磨いたのだね?」
そこまで理解しておきながら、剣術を研鑽し続けてきたアレウスの何が駆り立てているのか、リ’シンはそれが気になった。
リ’シンが知り得る限り、アレウスは人類最強の剣術家である。少なくとも、冒険者の中でも指折りの兵が集う迷宮都市にすら彼に匹敵する腕前の剣士はいない。本人が自嘲する対人技術もだが、化け物を斬り倒す技術ですら隔絶した技術を持っていた。
それだけの業を手に入れる為に一体どれだけの時間を費やしてきたのかを考えるとアレウスの人生そのもの全てを捧げてきているとしか言い様が無い。
リ’シンとて戦士である以上強さを求める気持ちは分からないでもない。
だが、それに全てを懸けるとまで行くと分からなくなる。
だからこそ、その奥底に流れるものが何なのか知りたかったのだ。
「それしか無いからさ」
真面目な顔付きで、アレウスはそれだけ答えた。
「……貴君がかね?」
驚きの余り瞬時惚けてから、リ’シンは思わず問い返す。




