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アレウス廻国記  作者: 高橋太郎
迷宮都市
61/171

その1

 舳先でアーロンジュ江の流れを酒の肴にしながら、アレウスはリ’シンと昼間から酒盛りを開いていた。

「ハハハハハ、それは不運であったな」

「まあ、久々に怪物相手の再訓練(リハビリ)にはなったかな」

 久々に酌み交わす酒は互いの近況を語り合う場となり、驚くべき盛り上がりを見せていた。

「それにしても鶏蛇がそこまで繁殖していたとは、な。“紅玉”め、ファーロスの事が気になっていたと見える」

 リ’シンは小馬鹿にした感じで“紅玉”の民の不手際を笑った。その表情は“紅玉”のレ’ンズに比べれば圧倒的に分かり易く、多分それに慣れているアレウスだけでは無く、端から見ている初対面のレイですらどんな感情を抱いているのか直ぐに分かる程であった。

「どういう事だ?」

 アレウスは自分で相手したためか、“紅玉”が鶏蛇を見逃していた理由に興味を持った。

「何、“紅玉”の領域(テリトリー)がソーンラントの東西を繋ぐ陸路に面しておるのだ。大方、そちらに気が行きすぎて、鶏蛇が増えているのに気が付かなかったのだろうて」

 別段大した問題ではないとばかりに、リ’シンはあっさりとアレウスの疑問に答えてみせる。「まあ、うちの部族が同じ様な立場に置かれれば、似た様な事をしたかも知れんな」

「ファーロスは人間至上主義の最右翼だものなあ」

 アレウスはしみじみとした口調で頷いた。

 隣国であるハイランドですらファーロス一門の動向は最重要情報として珍重されていた。実情はどうであれ、ソーンラントの版図内にある事になっている“江の民”の集落であるのならば、それはもっと切実なものであろう。特に、ファーロスが東部に出張り、国の中心を今一度そちらに戻そうとしている最中なのだ。国の大動脈の傍にいる安心できない勢力を行き成り潰しに掛かってくる可能性は高いものと考えられる。それが、人間以外の種族ならば、猶更であろう。

 同族であるリ’シンは兎も角、アレウスは同情せずにはいられなかった。

「少なくとも我ら外の者は然う見ている。まあ、話が通るのもいるにはいるが、話が通らない者が何も考えずに殴りつけてくるのがファーロスだからのお」

 リ’シンも幾分か諦観の念を含ませた口調で肩を竦めて見せた。

「本当に真っ当な精神の持ち主だけが損をする家だよなあ」

 先頃出会ったエクサの事を思い浮かべながら、アレウスは心の底から同情した。

 ここまで警戒されていたのならば、陸路でも水路でも本隊に密使を送る事すら一苦労であろう。ある意味で自業自得とは言え、それを改善しようと努力している者までもこの扱いならば、大抵の者は開き直って人間至上主義側に靡くのも致し方の無い事と思えた。

「故に、連中の監視を最大限に手配を整えるのは分からんでもない。だからと云って、己の住み処の安全を見過ごすのはどうかと思うのだがね」

 そうしたくなる気分は分かるのだが、と先程と同じ意見を呟きながら、リ’シンは杯を静かに眺めた。

「本当に関わると碌でもない目にしか会わない相手だよなあ」

 大きな溜息を付いてから、アレウスは酒を一気に呷った。なまじその苦労が分かる分、やりきれない思いも一入である。本音を言えば、自分達がその立場に置かれずに良かったなのだが、流石にそれを表に出すわけにも行かなかった。

 何とも言えない雰囲気になり、流石に居た堪れなくなったのか、

「ところで、何でまた“古の都(グ’レゴル)”に行くのだね? てっきり、もうやりたい事はやりきったのだと思っていたのだが?」

 と、リ’シンは思い切って大きく話題を変えてみた。

「ははははは。リ’シン、君は面白い事を云うのだね?」

 アレウスは本気で心の奥底から笑い飛ばし、「俺が何時、あそこを完全踏破したというのだね?」と、真顔で尋ね返した。

「踏破、か」

 ある意味で分かり切っていた返事が返ってきたため、リ’シンはアレウスの態度に動じる事無く、静かに返した。

「そうさ、俺が知りたいのはあの迷宮の最深部に何があるか、だよ? いや、違うな。何があるのかを確認したいのだ。己の目で、ね」

 リ’シンが吃驚する程目をきらきらとさせ、アレウスは楽しみで楽しみで仕方ないと言った雰囲気を隠そうともせずに力説する。「何せ、現在残されている全ての史書にその存在を書かれているのにも関わらず、それが何の遺跡かは未だにはっきりとしない。何時造られ、何のために存在しているのか今や誰も知らないというのに、遺跡は生きている。果たして最深部に何があるのか、楽しみでならないね」

「我らの部族の口伝には『触る事無かれ』とあるがね」

 言った処で何の足しにもならないと分かってはいたが、一応族長としては先祖から代々伝わってきている警句を告げた。

「まあ、知らなければ良かった、触らなければ良かったと云った何かが眠っている事は否定出来ないね」

 かんらからと笑うアレウスに、

「それが分かっていても行くというのかね?」

 と、今一度尋ねる。

 “江の民”の仲でも一部の鱗人は迷宮都市のある島に人を近づけない様にと先祖代々言い伝えられてきていた。ある意味で今となっては皮肉な事なのだが、“江の民”と盟約を結んだソーンラントの黎明期のとある王が幾つかの約束と共に迷宮に潜る事を当時の族長達に認めさせたのである。

 その代わり、ソーンラントがその近辺を治める事は決して無く、迷宮に携わる者達がその地域の安寧を司るという取り決めとなっていた。

 要はその件の王が近隣を管理している鱗人達に配慮し、彼らが認めない者がその地に入る事を決して認めない事に同意したのだ。

 そうは言っても、迷宮に関わる他の種族全てに試練を与える事が出来る筈も無く、今では形骸と化していた。

 アレウスはその形骸と化していた試練に打ち勝った数少ない珍しい人物であり、今の世の冒険者を鱗人が黙認する理由の一つでもある。

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