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アレウス廻国記  作者: 高橋太郎
間章 抜山蓋世
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その2

「あの戦狂いが息子とは云え人の為に戦を譲るかと云えば……信じられんな。寧ろ、父親譲りの嗅覚で最高の狩り場を見つけ出したと考える方が未だしも真面じゃて」

「流石の我が家でも、四六時中戦場を駆け回りたいと思い願って実行する者は居ませんからねえ」

 親子してこの反応になるのも理由がある。

 “軍神”の二つ名の由来はその天才としか言えない用兵の才でもどの様な死地であろうと喜び勇んで付き従う兵達を引き付ける天性の魅力(カリスマ)でも無い。本来は、年がら年中戦陣で過ごす様を揶揄したものだったのだ。領主として大切な何かが欠けている男、それが“軍神”に対して世間が最初に抱いた感想であった。

 今もそれは変わってはいない。いないが、それ以上に常勝不敗の名将に対する信仰が何よりも強くなっただけなのである。

「すると、噂の嫡男絡みか、の」

「並大抵の家ならば既に傾いているはずですから、伊達では無いという事でしょうな」

 “軍神”と相対する事が多かったサムスンはハイランドでも彼の家の事を常に調べていた。あれだけ出兵し続ければ、如何程使うかぐらい、同じ武門の家であるからには先刻承知と言った処である。故に、その動向を調べれば相手の懐具合など容易に推測出来た。

 だが、ある時からその推測が外れる様になった。それどころか、今迄に無い軍拡も行っている節すら疑えた。あってはならない事態であった。

 今でさえ、こちらが優位なはずなのに互角以上の戦いを遣って退ける“軍神”が更なる力を手に入れたらどうなるのか、考えるまでも無い。その絡繰りを探る為にサムスンは本腰を入れて調べる様に指示を出した。

 その結果、“軍神”の嫡男が家の事を差配する様になってから劇的に台所周りが改善されたと判明した。

 “軍神”に注意を払い続けていたファーロスだからこそ知り得た情報であり、噂である。

「“軍神”の次の世代まで安泰となれば、ますます面倒な事よの」

「幸か不幸か、我らが“覇者”と相手をする以上、ハイランドは“帝国”に狙われましょうな。彼らの真価が見えてくるのも、それ次第でしょうな」

「彼ら、か。フン、“軍神”も倅に恵まれたと見える」

 息子の台詞の意図を悟ったサムスンは思わず苦笑する。

 これから“帝国”と遣り合うとなれば、国元にいなければ役に立とう筈も無い。彼らと言ったからには、国元にいる長男と次男のどちらも優秀で、“帝国”相手にも何らかの戦果を挙げると確信しての事だとサムスンは理解した。

「鳶が鷹を生んだ、私は然う理解しております」

「“軍神”を鳶と申すか。これは楽しみな話が増えたの」

 サムスンはかんらからと豪傑笑いでそれに答えた。

 “軍神”のことを世界で一番高く評価しているのは間違いなくこのサムスン・ファーロスであろう。“軍神”と最も多く戦い、尚且つ“軍神”相手にその回数だけ生き延びているのだ。互いに互いの首を狙い合い、お互い何度も死にかけてはいるもののその度に相手の策を食い破り生き延びている。

 だからこそ、その最大の仇敵をして“鳶”と評するだけの何かを持っている二人の“鷹”に強い興味を持った。

「まあ、鳶は鳶で怖ろしい鳥であると思いますがね、父上」

「その鳶に勝てぬ儂は何であろうな?」

「獅子、では無いでしょうか?」

「獅子か。獅子ね。成程、それはそれで上手い事を云ってくれるのお」

 息子からの思わぬ評価を聞き、思わずサムスンは失笑する。「確かに、地を行く獅子では鳶に勝てぬわ」

「まあ、“軍神”さえいなければ、今頃父上がハイランドを制していたでしょう。“軍神”と共に双璧と呼ばれているあの御老人では父上を止めるにはちと心許ないと云った処でしょうし」

「ガリバルディも良き将ではあるが、常識の範疇に収まるからの。全く、“軍神”さえおらなんだら、ハイランドは既に我らが手中に落ちていたものを」

 些かばかり残念そうにサムスンは大きく溜息を付く。

「その場合は、“帝国”と全面抗争している間に“覇者”の南下が始まっておりましたな」

「儘ならぬものよのお」

 間髪入れぬ息子の反応に対して、サムスンは苦笑で答えた。

 実際、“帝国”の国力はソーンラントと互角かそれ以上と考えられている。何せ、ハイランド、ソーンラント、中原王朝、カペーに根を張る勢力及び南狄(オーク)西戎(ドラゴン)と周囲を敵に囲まれているにも関わらず、その全てと同時に干戈を交えても国力がびくともしないのである。“江の民”や“山の民”の反乱で手一杯になるソーンラントとはその点が違い、そして、異質であった。

「まあ、人間至上主義に塗れた儂らが云うべきでは無いかもしれんが……」

「節操がなさ過ぎるのも問題ですなあ」

 親子して顔を見合わせ思わず失笑する。

 “帝国”が“帝国”たる所以、数多の国、数多の種族、数多の文化を一つの“法”の許に纏め上げ、偉大なる皇帝の指導をもって国体と為す。森妖精(エルフ)だろうが、南狄だろうが、西戎だろうが、そして人間でさえ“法”の許に平等なのだ。故に各々の思惑が飛び交い国の意思は複雑であるが、ただ一つの大義の下、同じ志を持って存在している。人間至上主義の打破、である。

「行き過ぎた思想は毒にしかならぬのは、人の事を云えぬのかな?」

「ま、個人的な感想で宜しいのでしたなら、ハイランド程度の適当さが望ましいでしょうな。我が国では無理でしょうが」

 男は肩を竦めて、「何せ、我が甥御からしてある意味で極まっておりますからな」と、苦笑して見せた。

 サムスンは何とも言えない表情を浮かべ、

「ジリオンか」

 とだけ呟いた。

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