その20
「ず、狡いぞー」
「大きな人は狡いものでは無かったのかね」
からからと笑いながら、「さあ、どうする?」と、アレウスは迫った。
「お金の為にお手伝いさせて戴きます」
深々と頭を下げ、猫は下手に出た。
「実に分かり易くて宜しい」
再び豪傑笑いをしながら、アレウスは楽しげに言い放った。
「話は纏まったかね?」
状況の推移を見守っていたレ’ンズがアレウスに話し掛ける。
「ああ。レ’ンズ殿とレイは毒の範囲外から見守っていてくれ。俺一人でやる」
強い意志を籠めた瞳で二人を見てから、アレウスは力強く宣言した。
「大丈夫なの?」
「毒に対する対策は立てている。亜龍とは戦い慣れているから、鶏蛇だけならばどうとでもなるさ。流石に十数匹からなる群れだったら逃げるがね」
最後の最後は茶化しながら、アレウスは余裕たっぷりの表情を崩す事無く、笑い飛ばして見せた。
「それもどうなんだろう」
アレウスの放言にしか聞こえない返答を聞いて、レイは困惑した。
鶏蛇と言えば、熟練の冒険者徒党ですら苦戦する厄介な怪物の一つとして知られている。一見すると鳥にも見える上半身だが、実際に斬り掛かればそれが只の擬態でしか無いと直ぐに分かる。アレウスが言った通り、亜龍──即ち、龍の眷属なのだ。
羽毛で覆われた部位も高質化した皮膚と硬い筋肉で守られており、並の腕では傷一つ付けられない。その上始終毒の吐息を垂れ流し、自在とまではいかなくても空を飛ぶ。近似種の王蛇とは違い群れをなして生活する。魔導師ならば兎も角、近接を得意とするものにとって天敵と言っても良い怪物であった。
その様な相手をアレウスは容易く斬れると言外に匂わせたのだ。最早、呆れる他あるまい。アレウスが有言実行すると信じ切っている自分自身を含めて、レイは呆れる他無かったのだ。
「“碧鱗”の友よ。分かって云っているのだな?」
アレウスの事を知らないレ’ンズとしては、鶏蛇を無用に興奮させる事になるのでは無いかという危惧を抱いて当然であった。
しかし、その様な態度をおくびにも出さないで、レ’ンズは本気でそれを行うかどうかだけを尋ねた。
「止めても良いのだぞ?」
楽しそうに笑いながら、アレウスはレ’ンズに逆に問い直した。
「愚問。貴殿の腕の程は推測が付く。先程の推論も筋が通っていた。ならば、後はそれを為せるかどうかである。“決闘の儀”としては些か変則なれど、認めた以上は見届けるのみ」
「やれやれ。覚悟が定まっている相手に阿呆な事を聞いてしまったかね」
アレウスは苦笑しながら、「それでは、案内して貰おうか、猫」と、指示を出した。
「おお、居るな、居る居る。ん~、ぎりぎり十に届くか届かないか程度か。宜しい、実に宜しい」
アレウスは楽しそうに笑いながら、襟巻を顔の下半分に巻き付けて愛刀を抜き放つ。「では、行ってくる。まあ、無いとは思うが、鶏蛇がこちらに逃げ出してきたのならば好きにしてくれ」
足取りも軽く、アレウスは鶏蛇の群れへと駆け出す。
アレウスが己の間合いに一匹目を捕らえたと同時ぐらいに鶏蛇たちもアレウスの存在に気が付く。警戒の鳴き声を上げる前に、アレウスは何の苦労も無く最初の一匹の首を刎ねた。
他の鶏蛇が反撃の体勢に入る前に、アレウスは二匹目の首を既に討っていた。鮮やかな手並みなどと誉める事が寧ろ当たり前すぎて気恥ずかしくなる、その様な神業であった。
実際に神業などと褒め称えれば、「俺などその領域に達してすら居ないよ」と、真顔で返してくるであろうが。
実際の腕前を初めて目の当たりにするレ’ンズは兎も角、幾度となくアレウスの剣技を見てきているレイですらああも容易く首を刎ねているのか想像も付かなかった。
只、猫だけが何の興味もなくもっと面白いものは無いかと左右を見渡していた。
三匹目を切り倒した処で、鶏蛇たちはアレウスを中心に包囲を固める事に成功した。見かけと違い、龍の眷属だけあって賢さは相当なものである。その儘、真ん中目掛けて毒を吐き散らす。
アレウスはそれに動じず、それまでの動きで一番良い動きをすると見極めた個体に向かって突進した。
狙われた鶏蛇は包囲を崩すまいと後ろに下がりながら毒を撒き散らすが、アレウスの本気の突進に対応出来ずあっさり追い付かれるとこれ又首を刎ねられた。
端から見ていると、誰でも簡単に鶏蛇の首を刎ねる事ができそうな程容易く行うものだから、それを見物している二人が思わず自分でも出来るのでは無いかと勘違いしてしまいそうになる程であった。
「駄目だよー、勘違いしちゃ~」
猫は二人を窘め、「あんな事出来るの、若様ぐらいだからね。真似しようとしたらあの世行きだよー」と、忠告した。
アレウスが左回りで五匹目を斬るのを見ながら、
「猫さんはアレウスの事を昔から知っているの?」
と、レイは訊いてみた。
「んー、一応生まれたときから知っているよ。今の仕事を始める前から料理人として仕えていたからねー」
結局面白そうなものを見つけられなかったのか、猫は致し方なくつまらなそうにアレウスの立ち回りを見ていた。
「丘小人の料理人か」
レイはその一言で薄々勘付いていたアレウスの出自に確信を持つ。




