その19
「身長の問題か」
アレウスは直ぐに猫にとっての問題を見極めた。
丘小人は人間の一般的な成年男子の鳩尾辺りまで背があれば凄く大きいと見なされる様な種族である。猫は丘小人の中でも小柄な方であり、並の大きさの鶏蛇の頭部よりも明らかに背が低かった。
「背の問題だねー。鶏蛇って嘴まであたし達より一寸だけ高いぐらいの位置で、漏れ出す毒の吐息は地面へと落ちていきながら漂うから、吸い込みやすいんだよねー」
一つ大きな溜息を付いてから、「毒はおっかないよねー、毒は」と、ぼやいた。
「どの程度の群れがどこに居るかは分かるか?」
「さあ? 嫌な感じがする場所は分かるけど、おっかない所には近寄らないのが長生きの秘訣だよー?」
「ならば、どこに居るか分かっているという事だな」
爽やかな笑みを浮かべ、アレウスは猫と目を合わせた。
「……知ーらなーいー」
首根っこ捕まれたまま、必死にアレウスと目を合わせまいと無駄な努力をし、猫は頭をグルグルと動かす。
「そうか、知っているか……」
少しばかり考え込んでから、「レ’ンズ殿、今から仕掛けても問題ないだろうか?」と、尋ねた。
「どういう事だ?」
唐突なアレウスの提案にレ’ンズは些か面食らう。
「これは俺の勘なのだが、今この時、鶏蛇は群れていない。これがおっかない場所には近寄らないと云ったが、群れている様ならばこの地にすら入らずにそのまま迷宮都市の方に抜けていた筈だ。鶏蛇の群れはそれだけの脅威でもある。要は群れで追い込まれる様な状況では無く、安全な場所がそれなりにあり、俺と接触するであろう“江の民”の集落の場所を勘案した上で、ここまで来ている訳だ。鶏蛇が何らかの警戒を覚えて集まり出す前に、ある程度各個に撃破出来る状況の今の内に数を減らしておきたい。そちらの“決闘の儀”に似つかわしくないというのならば、致し方ないから諦めるが」
アレウスは猫との会話で思い至った想定をきちんと丁寧に説明する。
今回の件はどの様な条件であってもどうとでもする自信はあるが、何の犠牲も無く確実に勝てる術があるのならば、それを優先するべきだと言うのがアレウスの信条である。流石に、群れを壊滅させる過程で逃げ惑う鶏蛇を一匹残らず取りこぼさずに殺しきる自信は無かった。
「我一人が見届け人とならば“儀”としては成り立つ。それに、我は同胞を守る戦士長である。なればこそ、危険なモノを排除する責務がある。貴殿の云う事に理があるのならば、我の一存でどうとでもなる」
アレウスの腕の程を知らないレ’ンズは当然アレウスの本音を理解した訳では無い。
だが、彼からしても鶏蛇を確実に潰していける方法があるのならば、そちらを優先させる事に異論は無かった。もし仮に、後から“決闘の儀”に似つかわしくないという言い掛かりを付ける者が出たとしたならば、責任を持って対処する覚悟を決めた。
「ありがとう。ならば、今から鶏蛇退治と洒落込もう」
楽しそうな顔付きでそう言い放ってから、捕まえていた猫をそのまま地面に下ろす。「さて、聞いての通りだ、猫。お前さんが嫌な感じがする方に案内して貰おうか」
アレウスから離れた猫は、
「やだー」
と、警戒を露わにする。
「そうか、残念だ」
アレウスは静かに首を振った。
「不当な要求には応じないぞー」
アレウスの態度に不審を覚えた猫は、警戒心を隠そうともせずに反抗を続ける。
「別に不当などでは無いぞ? 給料分の働きをさせろと兄上に伝えるだけだ」
「卑怯だー?!」
猫は思わず叫んだ。
何せ猫の主は弟妹の事を何よりも可愛がって仕方の無い人物なのである。自分もそれ相応に信任を得ていると自負しては居るが、アレウスの言葉を無視させる程のものでも無い。事実上の拒否権無しの徴用と言えた。
「分かっていた事だろうに」
何故か哀れむかの様にアレウスは猫を見る。「豹が仕事をきっちり熟したんだ。お前も焦ってこちらに顔を出したと云った処だろう。豹は俺の命を結果的に救う働きをした。対してお前は今の処俺が感心する仕事をしていない。兄上は何事にも寛容な御方だが、それは為すべき事を為している者にだけ。与えたものに対して相応のものを返さない相手に掛ける情けなど持っておられない。お前さんの事だ、それなりに兄上が期待した事をしているのだろうが、満足する程ではあるまい。その上、同じ様な質の豹が兄上をも唸らす働きをした。一人だけ、給料分の働きをしていない者が居れば目立つであろうからなあ」
「ぬぬぬ」
「然う云う処は分かりやすいよなあ、お前さん」
大きな溜息を付いてから、「さて、そこでだ、猫。俺を鶏蛇に案内するだけで兄上が数年間働かなくても一切叱責しなくなるとしたらどうする」と、取引を持ち掛けた。
「……信じないよー」
一瞬考え込んでから、それでも尚猫は抵抗の姿勢を崩さなかった。
命を懸けるには些か何か足りない、そう猫は考えていたのだ。故に粘れる所まで粘って、少しでも多くの見返りを引き出したい処であった。
「先ず一つは俺へ恩を売れる。これは大きいと分かるだろう? 次に“碧鱗”以外の部族への伝手が出来る。これも又大きな話よなあ? 序でに、鶏蛇を駆逐出来れば、ここらに住む者達へ多大な恩を売れる訳だ。お前さんにとって、大きな話では無いのかね、んー?」
当然、アレウスも猫の性格は良く理解している。しているからこそ、何を提示すれば良いのか直ぐに答えは出た。




