その16
「何とお呼びすれば宜しいか?」
「人間が我らが名を正確に呼べぬのは承知しておる。呼びやすい様に呼ぶが良かろう」
「御厚意、感謝する」
朗らかに笑い、アレウスは駆け付けてきた船員に小舟を川面に下ろす許可を取る。
予め船長から言い含められていたのか、一艘の小舟を手際よく降ろすとその上に辿り着ける様に縄梯子を掛けた。
船員数人が櫂を背に掛けて素早く駆け下りる。
「それではちと行ってくる。レイはそこで静かに待っている様に」
そう言い残すと、アレウスは素早く縄梯子を下りていった。
アレウスが小舟に到達すると共に、船員達は櫂を使って川面を進み出す。
直ぐに川面に浮かぶ影が赤銅色の鱗に包まれた巨大な蜥蜴の頭があった。よく見れば頭頂部に鮮やかな紅色の鱗があり、これが“紅玉”の名の由来であろうと推察出来た。
「舟の上から失礼」
「人間が我らの様に江の中で自在に動けぬのは知っている故に気にする事なかれ」
先ずは詫びを入れてきたアレウスに対し、レ’ンズは鷹揚に答える。「“碧鱗”の友を称する者よ、如何なる証を示すか」
「友より預かりし信頼の証をお見せしよう」
懐から首に掛けていた守り袋を取りだし、中に入っていたものの一つを取り出してみせる。
「……あの莫迦は何を考えているのだ」
人間の発声器官では発音出来ない言葉らしきものを口走ってから、何かを押し殺した声色でレ’ンズは共通語で呻いた。
「何か問題でも?」
手にした青く透き通る鱗を再び守り袋に入れ直し、アレウスは取り乱している様に見えるレ’ンズに確認する。
「貴殿に問題は一切無い。貴殿にそれを託した我らの同胞が犯した過ちよ」
アレウスに不安を持たせまいとする心配りか、レ’ンズはきっぱりと言い切った。
「この鱗は然程のものなのかな?」
アレウスとしても色合いが珍しいものだと認識はしていたが、この鱗を託してくれた友人の同類がここまで強い反応を示すものとは考えていなかった。話し合いで済むかもしれないと言う甘い見通しの為に見せるべきものでは無かったのか、と内心焦りを覚える。
「それが何たるかも彼奴は貴殿に話していなかったのかね?」
人間とは違う発音器官の所為か、今一つ感情を読み取りにくい処もあるのだが、今の台詞ははっきりと呆れ果てたと言った強い意志をアレウスは覚えた。
「何か大事なものだったのかね?」
「“碧鱗”に於ける族長の証よ。その鱗に見えるものはな、“碧鱗”の初代である方の頭頂眼よ」
「……それはそれは。知らずとは云え、畏れ多いものを渡されたものだ」
流石のアレウスも冷や汗をかく。
“江の民”の中でも鱗人は他の人類種には無い特徴を幾つかもつ。全身を覆う鱗、水辺での適応性、通常の視覚以外による暗闇適応等が有名である。中でも、鱗人達が頭を覆う防具を嫌う原因となった頭頂眼は余程彼らの事を知る者でも無い限り、その存在を知る者は居ない。彼らにとって頭頂眼とは重要なものであり、余程の事でも無い限り、他種族のものに存在を教える事は無かった。それだけ、彼らにとっては重要な器官なのである。
「我らの生態をそれなりに知っているものと見える」
シュルシュルと息を漏らしながら幾分楽しげにレ’ンズはアレウスを見る。
「我が友リ’シンから色々と聞かせて貰った故に」
「彼奴の名も知っておるか。至極当然と云わば当然なのだが……」
顔の表情からは窺い知れないが、声色から何となく困惑している様子をアレウスは察した。
「我が身の証を立てられたと考えても宜しいかな?」
「同胞リ’シンに認められた者と認めよう」
レ’ンズは重々しく答えてから、「然るに我らが友よ。如何なる用で江を下るか?」と、尋ねて来た。
「船を雇い入れてね。迷宮都市まで帰る途中だよ」
「“古の都”?!」
幾分畏れが交じった驚きの言葉を上げ、レ’ンズはアレウスを警戒した。
「ハハハハハ、リ’シンと同じ様な反応ですな」
アレウスはもう何年も前となる異種族の友と初めて会った時の事を思い起こした。
故に、再び行う事になるであろう儀式の為に心気を練り始める。
「我らが友よ。リ’シンがそれを託した以上、“古の都”が我らにとっていかなる意味を有するか存じ上げておろう?」
居住まいを正し、レ’ンズはアレウスに念を押すかの様に確認を取った。
「流石に知らずに潜る程無謀では無いよ?」
数年前にリ’シンから事情を聞いていたアレウスからしてみれば、彼らが迷宮都市をどれほど神聖視しているか嫌と言う程知っていた。
だからこそ、最初から面倒な事になると覚悟していたし、そのつもりでここまでやって来ていた。
「我一人ならば、我らが友リ’シンの顔に免じ通す事も出来ようが、今の我は“紅玉”の戦士長。それを聞いた上で見逃す真似は出来ぬ」
「それで?」
「リ’シンにも連絡は取るが、貴殿にも“決闘の儀”にて“古の都”に挑むに相応しき勇者かどうか示して貰いたい」
鱗人特有の抑揚の無い淡々とした口調でアレウスに決断を迫った。
「ま、そうなるだろうと思っていたよ。その方が手っ取り早い」
肉食獣も斯くやとばかりの迫力ある笑みを浮かべ、アレウスはあっさりと決める。
「貴殿ならば悩まずそれを選ぶと分かっていた」
シュルシュル息を再び漏らし、レ’ンズは楽しそうにアレウスを値踏みする。「成程。我が友がそれを託す訳だ」




