その15
「だったら南岸も危ないんじゃ無いの?」
「危ないな。まあ、こっち側に住んでいる“江の民”はまだ話が通じるから、交渉次第でなんとでもなる時がある。まあ、駄目な時も多いが」
肩を竦めながら、アレウスは苦笑する。
「それこそ駄目じゃ無いか」
「只、こちら側の“江の民”が命を奪う事は少ない。何せ、交易せねば手に入らぬものも多いから、そこら辺割切っている部族が多いな。一方で、向こう岸に住まう部族はソーンラントに元居た住み処から追い出された部族やそれを匿う部族が多かった所為か、人間に対する反発が強い。交易して手に入れるよりは襲って強奪する事を選ぶ連中ばかりだな。江の半ばを行かば、向こう岸の部族と会う確率が増す。そして、“江の民”は我らよりも泳ぎが達者だ。江の真ん中で襲われた上、船を沈められてみろ。話が通じない相手だった場合、確実に殺されるぞ?」
大きな溜息を付きながら、アレウスは首を横に振った。
「通じる相手だったら?」
「まあ、莫大な通行料を取られる程度で済めば御の字だろう。話が通じると云っても、先にも云った通り、友好的とは限らない訳だからなあ」
「変わりがある様な、無い様な……」
アレウスの台詞を聞いて、レイは困惑する。平たく言ってしまえば、力尽くで強奪されるか、脅迫して強奪されるかの違いである。財産を無くすという点では変わりが無い様に思えた。
「命があれば何か成し遂げられる。無ければそれまでよ。商人ならば転んでも只では立ち上がらん。運べるものだけ運んで、言い値で売り切る。御陰で、最近の下流域は物価が高い」
レイの考えを読みきった上で、アレウスは死んだらお終いだとはっきり告げる。
「何でそこまで知っているの?」
「決まっている。迷宮都市の動向は常に注視しているからだ」
アレウスは力強く言い切る。「俺の財産の大半はあそこにあるからな」
「そんなに儲けていたの?」
「まあ、ほぼ無一文から大陸一の分限者になる程度には」
「うん、一寸頭おかしいね」
「その程度で済めば御の字ではあるなあ」
苦笑しながら、「迷宮に潜っている連中は一人残らず人として何か狂っている奴しか居なかったよ」と、言い切った。
「アレウスみたいなのがいっぱい居るって事かあ」
呆れ果てた声色でレイは思わず天を仰いだ。
「いや、俺はまだ真面な方だぞ?」
「真面じゃ無い人程然う云うよね?」
胡乱な者を見る目でレイは冷え切った声を出す。
「それは否定せぬが……自分の目で見れば納得もするか」
説得しようと己の心中から材料を集めようとして、アレウスは唐突にそれを諦める。集まれば集める程、どう考えても自分が不利になる様なものしか思い起こせなかったのだ。
逆に、言葉では無く実際見て見れば自分の言い分が通ると思い直した。
思い直したが故に、問題を先延ばしする事にした。
「うーん。アレウスが真面じゃ無い事ぐらいよく知っているけど、そのアレウスをして真面じゃ無いと云わせしめる人たちか。一寸想像付かないな」
迷宮都市で顔見知りだった者達を思い起こしながら、
「……さて、今も生きている奴らがどれぐらい居るのやら」
と、アレウスは首を捻った。
「そんなに直ぐ死ぬの?」
「死ぬな」
即座にアレウスは答えた。
「死ぬんだ」
「死ぬ。迷宮の悪意ある罠で死ぬ。迷宮で出口がどこにあるか分からなくなって餓死する。徘徊している怪物に殺されて死ぬ。怪物には勝ったが、その毒に侵されていて衰弱死する。実はその毒が麻痺毒で動けなくなって死ぬ。宝箱を見つけたら罠に掛かって死ぬ。伝説の生き物を見つけて返り討ちで死ぬ。まあ、例を上げれば枚挙に暇が無い」
「もしかして、死なない方が珍しい?」
「そうでもなければ、儲からんよ」
恐る恐る訊いてきたレイにアレウスは苦笑する。「珍しいからこそ迷宮で産するものは高値が付くのだ。何故珍しいのかと云えば、それを確実に卸し続ける事が出来る者が居ないからさ。そして、迷宮に挑む冒険者の数は少なくない。浅い層に挑むだけならば、それなりにやっていけるが、一生分稼ぐとなれば……ある程度の博打を打つ必要が生じる。やっていけないと判断したのならば、他の儲け口を探すのも正しい事だろうな。現に俺も向いていない知り合いに対しては然う警告したし、傭兵としての働き口ならば紹介して遣っていたさ」
意外にも重い口調で真面目に答えを返してきたアレウスにレイは何と尋ねればいいか思い悩んだ。
「何、行けば分かるさ。これが誇張なのか、真実なのかは、な」
クスクスと笑いながら、アレウスは前方に目を遣る。「……そろそろお出ましみたいだな」
レイが反応する前に、アレウスは舳先へと歩みを進める。
じっと川面を見詰めてから、
「これなるは“碧鱗”の友なるアレウス。そこなる方々は何処の民か?」
と、大音声で名乗りを上げた。
暫し後、水面に幾つか影が上がってくると、
「我らは“紅玉”を名乗りし者なり。“碧鱗”の友を名乗る者よ、その証を示せ」
と、独特の発音で声を掛けてきた。
「良かろう。然れど、芳名をお聞きしたし」
「我が名はレ’ンズ、“紅玉”の勇士なり」
水面に頭らしきものを浮かべている何者かは人間からすると些か不可思議な区切りで己の名を発音する。




