その5
「成程な、然う云う事になっていたか」
ザスの報告を聞き、アレウスは大きく一つ頷いた。
「へい、木の上から見た感じだとそんな風に見えやした」
「下で控えていたヘイグの話も併せれば、大体の処は見えてくるが……本当に何が目的なのかは見えてこないな、全く」
渋い表情を浮かべ、アレウスはその場で忙しなく左右に歩く。
「それは今本当に重要なことなのかい?」
「……まあ、今の最優先事項ではないな」
レイの問い掛けにアレウスは真顔で答える。
「ならなんで今悩んでいるんだい?」
呆れた顔付きでレイは問う。「悩んでいても仕方ないだろうに」
「今日みたいな奇襲はお断りなんでな。成る可く、連中とは絶対に関わらない行動を考えておきたいのだ。その為にも、一手目を間違えたくない」
「そんな完璧超人が居て堪るかああああああ!!」
真面目な顔でとんでもない返事を寄越したアレウスに対し、レイの堪忍袋の緒が遂に切れた。
「いると云ったはずだが?」
何でレイの癇癪が起きたのか理解出来ないと言った表情でアレウスは首を傾げた。
「君は違うでしょうが! どうにもならない事はならないんだから、虎豹騎推定五千騎、ルガナ方面から進撃してきた様子、進軍先は明らかにネカム、余程のことがない限りミールやソーンラント王都ラヒルには進撃してこない。これ以上の情報を持った“覇者”とは違う陣営の集団は僕達しか居ないんだから、この情報を一刻も早く、高く売り込みに行くのがどう考えても正解でしょう!」
一気に捲し立てるレイをぽかんとした顔付きで見てから、
「……ふむ、確かに一理あるな」
と、我に返ると同時にアレウスは大きく頷いて見せた。
「だったら──」
「先ずは雇い主を説得して報酬をせしめ取るとしよう」
レイに皆まで言わせず、アレウスは即断したことを宣言する。
「……ねえ、最初から分かっていて遣っていたでしょう?」
レイは間違いなく笑顔であるはずなのだが、時折洩れる得体の知れない気配に周りの誰しもが怯えた。
「そこまで買い被られてもな」
そんなレイ相手に別段変わったところもなくアレウスは肩を竦め、「お前の忠告の御陰だ。優先順位を変えたからこそ、こうもすんなりと決断できた。感謝するぞ、レイ」と、笑顔を向けた。
「……まあ、分かっているなら良いんだ、うん」
先程までの威勢はどこへやら、レイはなんでかにやけそうになる顔を顰めっ面にしながら厳めしく頷いて見せた。
「誰も汚物の処理をしていないが、先ずは起こすとするか」
アレウスは汚物で足を汚さぬ様に踏み込み、商人の上半身を起こすと活を入れる。
一つ咳き込んでから、商人は何が起きたのか把握しない儘、目を覚ます。
「さて、御機嫌如何かな?」
アレウスはこれ以上ない爽やかな笑顔を浮かべ、「御目出度う、ネカムに向かっていたのは虎豹騎だったよ。身に覚えはあるかね?」と、寝起きに聞きたくないであろう情報を平然と聞かせた。
「な、な、な……」
「無きにしも非ず、かな? さて、我々としては、違約金を払った儘この仕事を降りても良いのだが、些か事情が変わってね」
ニコニコと笑顔を浮かべた儘アレウスは本題を切り出す。「ネカムに向かったのは虎豹騎推定五千騎。どう考えても近隣を制圧するために送り込まれた軍勢ではない。まあ、この後本体がネカムを接収に来る可能性は否定出来ないが、そうだとしても本格的にここいら一帯を制圧開始するのには少しばかり時間が掛かると思われる。言ってしまえば、我々の命は先程までと違ってネカムにさえ行かなければある程度の安全が確保されたわけだ。故に、ミールまでならば違約金を返して貰えるならば御同行しよう。ミールより先は要相談と云った処だな。我ながら悪くない取引だと思うのだが、如何かね?」
「こ、虎豹騎五千騎だと?! 莫迦な、虎豹騎は“覇者”の手元にいるはずでは?」
「我々が知らない情報をお知りの様だ」
アレウスは傍目から見ると表情を変えない儘くつくつと笑い声を上げる。
その指摘を受け、商人はあからさまに余裕のない表情を浮かべ、アレウスから逃げようと後退る。
「何々、今は気にしておりませんよ、今は、ね」
アレウスは意味深長な笑顔を浮かべた儘で、「それで、返答は如何?」と、返答を迫った。
商人は左右を見渡した後、観念したかの様に首を縦に振るのであった。