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アレウス廻国記  作者: 高橋太郎
江下り
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その14

「俺に一つ心当たりがある」

「心当たりですか?」

「船長にとっても悪い話では無い筈だ」

 アレウスは笑いながら、自分の考えを船長に伝える。

 話を聞き、船長は悩んだ。アレウスの話が事実ならば、大きな商機なのだ。現状、アーロンジュ江の下流を自由に航行出来る船は無い。“江の民”と運良く出会わなければ大きく儲け、出会ってしまえば最悪江の藻屑である。その様な博打めいた航行から安定した交易へと変えられるのであれば、悪魔とでも契約するであろう。

 暫く懊悩した後に、

「……間違いないので?」

 と、肺腑から何とか言葉を絞り出した。

「そうでもなければ、迷宮都市から自由に出入りは出来ないさ。問題は、彼がこっちの方に居るかどうか、だな」

 些か深刻な顔つきでアレウスは、「連絡を常に取り合っている訳では無いから、そこは保証しかねる」と、予防線を張った。

「居ないと?」

「些か面倒な事になる。まあ、余程過激な連中でも無い限り、話は通せるがね」

「過激な連中?」

 胡乱な顔付きで船長はアレウスを見る。彼が知り得る限り、過激では無い者を探すのが難しいのでは無いか、然う言い切っても良いだけの犠牲を既に出していた。

「人間全てを敵と見定めている部族だな。知っての通りこっちにも居ない訳では無いが、航路をどの部族が警戒しているか迄は運次第だ」

 アレウスの台詞を聞き、ちらりと机の上に置いた割り符を見てから船長は再び悩み込む。

 間違いなく大きな勝負時である。

 アレウスの素性は割符が保証している。決して表に出回らない形の割符であり、仮に偽造しようとしてもそれが存在している事を知らなければ不可能である。どちらにしろ、ハイランド秘中の秘とも言える情報を知り得る者である事に間違いは無い。

 要は、アレウスを信じるか信じないか、そこに全ては掛かっていた。

「ふむ……。ならば、担保を出すとしよう」

 船長の悩みを察したアレウスは懐から一振りの短刀を取りだし、机の上に置いた。

「……これは?」

「まあ、抜いて確認してみなさい」

 アレウスは船長を促す。

 机の上に置かれた短刀を軽く見て、船長は違和感を覚えた。

 拵えを見る限りどう見ても普通のそこら辺で売っていそうな量産品である。

 しかし、何か違うのだ。

 幸い持ち主の許可は出ているので恐る恐る短刀を抜こうとした瞬間、船長ははっきりと何が違和感だったのかに気が付いた。

 明らかにあってはならないものが目に入ったのだ。

 思わず船長はアレウスを見る。

 アレウスは只静かに笑うのみであった。



「まあ、そんなこんなで優しい船長が見つかってな。こうして楽しい江下りが出来ている訳だ」

 物珍しげに両岸を見比べているレイにアレウスは大体の処を説明する。

 アレウスからの説明を上の空と言った感じに聞き流しながら、レイは生まれて初めて見る光景に心を奪われていた。

 その様なレイの態度からアレウスは内心を当て推量し、

「……そんなに珍しいかね」

 と、説明を諦めながら変哲の無い風景を見渡す。

「うん。綺麗な緑が広がっているし、何よりも水が綺麗」

 すっかり感動しきった顔付きで飽きもせずにレイは何度も左右を見渡す。

「……ああ、まあ、ジニョール河は泥まみれだからなあ」

 アーロンジュ江の傍で育ったアレウスとは違い、南部生まれの南部育ちなレイにとって今居る風景はこれまで見た事も無い心奪われるものであった。

 どんよりとした天気が似合うジニョール江に対し、アーロンジュ江は晴れ渡った青空にこそ映える煌びやかな美しさがある。どこもここも黄色じみた南部には無い総天然色の美しい世界はレイにとって何よりも心を浮き立たせるのだ。

「アレウスはジニョール河を見て何も思わなかったの?」

 異境を数多く見てきているだろうアレウスにしても、今の自分と同じ気持ちになった場面があると考えた。故に、一番有り得そうなものを例えに上げて素直に聞いてみたのだ。

「遠くに来たな、とは思った。あの時は、嘗て英雄王が通ったとされる道を選んでヴォーガに至った気がする。そう考えると……随分歩いてきたものだな」

 自分の旅路に思いを馳せ、旅立つ事を決めた最初の志が今でも自分の中で息づいているか再確認する。(三つ子の魂百まで、だな)

 そして、一つ頷いてから、

「それで、何かここら辺の光景で説明して欲しい事はあるのかね?」

 と、尋ねてみる。

「んー。普通、川を行く船って浅瀬を避けるよね?」

「海を行く船でも避けると思うが?」

 当たり前の疑問を返され、那辺に意図があるかアレウスは読みきれなかった。仕方なく、疑問に疑問を返す事で範囲を狭めようと意図する。

 レイも直ぐにアレウスの意図を察し、

「ああ、そうじゃなくて、何で浅瀬に乗り上げる可能性が高い岸辺に近い方を通っているのかなあ、って」

 と、右手にある南岸を指差した。

「ああ、成程な」

 レイの確かな観察眼に感心しながら、「それは北岸側の“江の民”を怖れているからだ」と、アレウスは答えた。

「“江の民”って、北岸に居るの?」

「いや、両岸にどこにでもある沼沢地帯ならばどこにでも住んで居るぞ」

「……? だったら、何で南岸よりを選ぶの? “江の民”って船を襲ってくるんだよね?」

「いや、本来は襲わないぞ? ソーンラントの莫迦が莫迦遣った所為で報復として襲撃を受けているだけだ」

 何を今更言い出しているのだと言った表情を浮かべ、アレウスは首を傾げながらレイの問いに答えた。

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