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アレウス廻国記  作者: 高橋太郎
江下り
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その13

「申し訳ありません」

 エクサ個人に対し、これまでの応答も含めて強い好感を覚えていた。その点では彼の申し出を断る事に対し、アレウスの思いは残念で一杯であった。今少し交遊し、更なる知遇を覚えたい気持ちが強かった。

「……巡り合わせというものであろうよ」

 アレウスの気持ちを察したエクサは致し方なく更なる勧誘を諦めた。

 エクサも又、アレウスとの縁を今少し強めたかったが、家門の事を考えれば無理強いは出来なかった。

 次の話題に二人が頭を悩ます事になる前に、扉からおとないを告げる音が高らかに響いた。

「どうした?」

 エクサは外にも聞こえる程の大声で何事か尋ねる。

「失礼致します、閣下。御客人の御連れ様の準備が整いました」

 思わず見とれる様な見事な所作で女中が入室してきて、エクサの傍まで歩いてきてから透る声で静かに報告する。

「ン、御苦労。食堂に案内は?」

「先ずは閣下に御報告と考え、隣室で持て成しております」

「了解した。我らも直ぐに食堂へと向かうので、今少し待っていて貰え」

「承知仕りました」

 矢張り一部も隙の無い身の熟しで一礼すると、その儘静かに退室する。

「……恐るべき手練ですね」

 気配が立ち去ってから、アレウスは大きな溜息を付いた。

「そうかね? どの家もあの程度のものでは無いかね?」

「果たして実家にあれほどのものはいましたかな。名門の底力を見せつけられた思いです」

「そうかね、そうかね。そう云って貰えると嬉しいものだね」

 エクサは満面の笑みを浮かべ、「さて、淑女を待たせるのは紳士として恥ずべき行為だ。我らも食堂に急ぐとしようか」と、アレウスを誘った。



 翌日、アレウスはエクサに呼び出され、ラヒルの陥落を聞いた。

 エクサはアレウスの報告が正しかったと判断し、傭兵組合への正式な依頼をアレウスに託した。その依頼書を直ぐさま組合に届ける為にアレウスは太守の館を辞した。

 これにより、アレウスは傭兵組合への義理を果たしたと見なし、バラーを出る準備を開始する。

 先ず、港に赴いたアレウスは停泊している船を観察し、お目当ての旗を見つけた。

 一つ頷いてからそちらに向かい、

「迷宮都市まで行きたいんだが、この船は下流域に向かうかい?」

 と、船の入り口で見張っている男に声を掛けた。

「あ? 悪いがこの船はハイランドの船だ。ソーンラントで人を乗せられねえよ」

「知っている。船長は居るか? これを見せてきてくれると助かる」

 アレウスは然う言いながら、懐から何かものが入った巾着袋を渡す。

「何だ、これ?」

「見せてくれば分かるよ。少なくとも金では無い。袋の外に出さないのならば、一応中身の確認をここでしてくれても良い」

 アレウスの言葉に従い、男は袋の紐を解き、中を見る。

 一瞬中身が何か理解出来なかった男だが、方向を変えた事でそれが何か思い当たり、近くにいた乗組員に見張りを交代して貰ってから急いで船へと駆け出していった。

 暫く代わりの見張り要員と世間話を交わしていた処、

「御客人、船長から御迷惑で無ければ話がしたいと」

 と、奥から来た船員が丁重に話し掛けてきた。

「ありがとう。案内宜しく。君も世間話に付き合ってくれて助かったよ」

 代わりの見張り員にも礼を言ってから、アレウスは案内されるままに船へと足を踏み出す。

 船尾楼にある一室にアレウスは誘われる儘入室する。

「お待ちしておりました」

 アレウスの姿を見て、船長は一礼する。

「まだ、この割り符は使えるみたいだね」

「それが使えなくなる事は考えられません」

「兄上が失脚したらそうとも云えないと思うがねえ」

「それこそあり得ますまい」

 アレウスの発言に船長は自信を持って答える。「あの方程国の事を考えている方は居りますまい」

「だからこそ、身が危ないとも云える」

「しがない船乗り風情が遣れる事には限度がありますから」

「それはそうだろうな。兄上の身を心配するのは兄上に近い者達が責任を持って為すべき事であろうさ」

 アレウスは然う言いながらも、「まあ、兄上が失脚する姿を想像出来ないのだがね」と、苦笑する。

「それで、いかなる御用でしょうか?」

 少しばかり身構えながら、船長は来訪の理由をアレウスに問う。

「江を下りたい。具体的に云えば、迷宮都市に行きたい」

「成程。江を下る事自体は問題ありませんが、御存知の通り現状“江の民”が下流で船を襲撃しております。当船もその限界までは向かおうと思っておりますが、迷宮都市迄ですと現状の儘では不可能かと」

 船長は恐る恐るアレウスに進言した。

 船長の言い分は尤もであった。“江の民”が恨みを抱いているのはソーンラントの民だとしても、彼らがどこの国の人間が船を操っているか等を細かく見分けられる筈も無い。その証拠に、現在アーロンジュ江下流で襲われている船は、ソーンラントの船だけでは無かった。

 仮に、“江の民”がどこの国のものと見分けられたとしても、船を自由に通行させた場合、その物資が下流域にあるソーンラント勢力に渡される可能性も高い。物資が充分足りている状態のソーンラントと真っ向から遣り合うよりも、干乾しにしたソーンラント勢を追い出す方が圧倒的に楽なのだ。彼らが無差別に船を襲うのは戦略面から考えてみれば至って当たり前の事と言えた。

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