その12
「成程。傭兵を雇いたい本当の理由は、兵が立ち直るまでの時間稼ぎですか」
「元々ネカム救援の為に兵はソーンラント中から集まっていたからね。後は率いる者さえ居れば、防衛若しくは戦線の膠着程度ならば私でもやってやれない話では無い。問題はそれを揃えるだけの時間が怪しいという処だから、どこでも時間を稼げない以上、既存のものをどこかから持ち込むしかあるまい」
当たり前の前提に当たり前の事柄を積み重ね、エクサは常識に基づいた結論を披露する。
あり合わせのもので如何に戦線を維持するかという思考は戦略面に於いては非凡なものと言えた。問題はそれに敵が付き合ってくれるかどうかであり、敵に裏をかかれた際、それに対応出来るかどうかに掛かっている。
只、そこまで考える義理はアレウスには無かったので、
「しかし、結局それでは、東から援軍を待つのも変わらないのでは?」
と、一般論に終始する事にした。
「軍勢を待つのと、傭兵を集めるのとでは掛かる時間が変わるとは思わないかね?」
幾分晴れやかな表情でエクサは質問を返す。
「傭兵団では無く、傭兵と来ましたか……」
アレウスは漸くエクサの考えを理解する。「戦力では無く、今ある兵力を戦力化する人材が欲しい、と」
「それならば軍勢を送るよりは早く集められよう。まあ、そこから戦力化して貰うまでの時間は自分の手勢と真面な正規兵で稼がねばならないのが辛い所だがね」
アレウスの答えを肯定しつつ、自分の考えの問題点をエクサは明け透けに語る。
「どちらにしろ敵は時間ですか」
「“覇者”の計画の全容を知っていれば話は別なのだが、流石に教えてはくれないだろうしな」
下手な冗談を口にしながら、エクサは肩を竦めて見せる。「ま、本当に教えてくれたとしても信じて良いのか分からないのが難点だが」
「そこら辺の謀も上手いですからねえ、“覇者”は。ところで今更の質問なのですが、ラヒルは落ちていたのですか?」
「本当に今更だな」
エクサはアレウスの質問を聞いて笑いだした。
「俺にとっても、割と重要な質問なんですがね」
対照的にアレウスは深刻な顔つきでエクサを見る。
「ああ、済まない済まない。落ちているという想定の下に話しているのに、ラヒルが健在だったらと思うと笑えてきてな」
エクサはゆっくりと茶を啜ってから、「まだ臣下の者は戻ってきていないが、敗残兵の一部をこちらで収容した」と、淡々と告げる。
「その方々は何と?」
「ラヒルに裏切り者が出て陥落したと口々に言っていたな。内から崩れたのは間違いない」
「ダッハールが率いていた突騎だけで落ちるものでしょうか?」
流石に内城が完全に落ちるまでは今少し時間が掛かるだろうとアレウスにとってその情報は内心に強い衝撃を与えるのに十分であった。
付け加えれば、可能性は考えたがダッハール勢だけでラヒルを落としたとなれば流石に色々と考え直さねばならない事が出来する。成る可くならば、ダッハール以外の何者かが攻め落としてくれていればな、とアレウスは祈った。
「まあ、裏切り者が本当に出ていたのならば……どうであろうな」
真剣な表情でエクサは考え込む。「この中原でもラヒル程の城を有する城邑は少ない。高々千騎余りの騎兵でやれる事と云えば攪乱ぐらいだろうさ」
エクサもアレウスから聞いた情報だけでは判断しかねていた。
千騎前後の突騎に正規軍が翻弄されるまでは理解出来たが、王城の本丸を騎兵で落とすとなると想像の埒外である。アレウスには説明していなかったが、ルガナ救援の為に集められた兵の内、現在王城で勢力を張っている派閥の手勢は内城にあるそれぞれの館に詰めていた筈なのである。裏切り者が出たとしても、それら全てが何もせずに敗退したとなればいよいよ持って亡国の兆しである。
だからこそ、攪乱ぐらいしか出来ないという言葉は自分自身に言い聞かせるものでもあった。
「ならば、何故落ちたと明言出来るのでしょうか?」
敵前逃亡となればどの国の軍規でも死罪である。城が落ちる前に逃げ出していれば、士気を保つ為にも殺さざるを得ない。そこら辺が理解出来ない者でも無い限り、態々死罪になる様な場所に逃げだそうとはしないだろう。エクサの言い種から、アレウスはそれなりに真っ当な兵が逃げ込んできていると推察した上で、情報の肝に踏み込んだ。
「それよ。ネカムのベルラインは動いた様子が無い。ならば、考えられる事はそう多くない。我らは謀られたのよ」
我が意を得たりとばかりに膝を打ち、エクサは見出した結論を開陳する。
「……伏兵が居た、と?」
「多分な。話を纏め上げた上で検討した処、それしか考えられない。どちらにしろ、それも明日までには分かろう。その為に、心利きたる者を斥候に出したのだ。その程度は調べ上げよう」
幾分深刻な表情を浮かべ、エクサは椅子に深く座り直した。
これまでの推論が全て正しかった場合、ソーンラント陣営の諜報網は確実に機能していないとしか言い様が無かった。只でさえ“覇者”の動きが見えていなかった上、それが分かった後も後手後手に回っているのだ。食い止める事を求められている城邑の太守としては頭が痛い問題であろう。
「では、俺達は明日無事釈放ですか?」
「今少し客人として滞在してくれても良いのだぞ?」
エクサは笑いながらそう提案してきた。
「先を急ぐ旅なれば」
流石にファーロスの家でゆっくり出来ないとは言えず、アレウスは遠回しにここから逃げ出したいと答えた。
「まあ、君の立場ならば仕方ないか」
アレウスの本音を即座に把握し、エクサは致し方ないとばかりに首を横に振った。




