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アレウス廻国記  作者: 高橋太郎
江下り
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その11

「私の確約は何時でも出せるよ」

 アレウスの要求を理解した上で、エクサが出せる最大限の譲歩を提示する。

「それ以上は無理ですか?」

「少なくとも、父上がこっちに来なければ何とでもする。金の方も用意出来る。食料物資もこちら持ちの約束も出せるが……父上の動向だけは保証出来ない。済まないね」

「……分かりました。傭兵組合を通して兄上には連絡しますが、期待しないでください。まあ、兄上の事ですから、何かこちらの裏をかく様な手を思い付くかも知れませんがね」

 エクサの答えから、自分ではこれ以上の条件を引き出せないと悟ったアレウスは残りは全部兄に任せようと丸投げする事にした。実際問題、アレウスが条件を煮詰めた処で、それがどう影響するか、本人にも分かっていなかった。少なくとも、故郷で兄達がこの件に対して悪い印象を覚えない様な配慮にはなると考えていた。要するに、アレウスなりのエクサに対する好意の表れと言えた。

「ま、良い返事を期待せずに期待して待つとしよう」

 言葉の割には明るい顔付きでエクサは安堵の表情を浮かべていた。

 エクサからしてみれば、アレウスの口添えさえあればなんとでもなる自信があったのだ。アレウスからの確約さえ取れれば今は充分だったのである。

 その反応を見て、本題が一段落付いたと見なしたのか、

「……どう考えても、世間話ではありませんな、これ」

 と、疲れ果てた顔でアレウスは呟いた。

「いや、君の旅の様子を聞きたいのも本当なのだがね。どうにも、君が本題を先に片付けたがっている様だからねえ」

 にこにこと笑いながら、機嫌良くエクサは答える。

 先程までの世界が滅びる神託(オラクル)を受けた善良なる神官の如き表情からは想像も付かない晴れやかさであった。

「最悪世間話はレイが聞いていても差し支えありませんが、この種の話は流石に……」

 言葉を濁しながら、アレウスは茶を静かに飲む。

 完全に話題と流れが変わった事で、アレウスにも多少の余裕が生まれていた。

「ま、知られたくない話の一つや二つあって然るべきだ。……それはそうとして、本当に正体気が付かれていないのかね?」

 興味深そうに尋ねてくるエクサに、

「ハイランドは避けていますからね。ソーンラントで俺の事を知っている人間が居るとすればファーロスの中でもハイランドの情報に通じている人物──太守殿ぐらいですな」

 と、鋭い目線を向けた。

「良くも悪くも、君の二人の兄が目立つ分、君の話は国外まで漏れ聞こえてこないからなあ。その上、ここ数年は病で伏せっているという話だから、面識でも無い限りは気が付かれまい」

 和やかな表情の儘、エクサはアレウスの兄が用意したと思われる作り話(カヴァーストーリー)を語って聞かせる。

「そこら辺の情報の制御は兄上の得意とする処ですからね」

 旅先でちょくちょく噂を確認していた為、驚く事無くアレウスはそれを受け入れた。

 当人としては、あっさりその話が信じられている事に多少納得がいかないものもあったが、自由に行動出来る以上流石に文句を付ける理由が無かった。アレウスも分かってはいるのだ、武者修行の旅に出掛けたという情報が知れ渡れば自分がどうなるかぐらいは理解しているのだ。只、何となく病に負けた気がして悔しくて仕方ないだけなのである。

「であろうな。ある時から、急に情報の鮮度に違和感を覚える様になった。私よりその種の事に長けた者が何らかの形で介入していると推測していたが……この様な処で答え合わせが出来るとはなあ」

 何とも言えない表情を浮かべ、エクサは大きく溜息を付く。

 アレウスとしても、余計な事を言う訳にもいかないので敢えて曖昧な笑みを浮かべて相手の出方を窺う。

「ま、互いに語れぬ事もあるか。……ああ、そうだ。もし、君の兄上に伝えられるのならば、再編した敗残兵を率いる事が出来る中核が欲しいとだけ付け加えておいて欲しい」

 藪蛇を怖れて急に黙りこくるアレウスにエクサは一つ注文を出した。

「……宜しいのですか?」

 常軌を逸した提案に、アレウスも流石に(おのの)く。

 アレウスの実家とファーロスは間違いなく仇敵同士である。その相手に、兵を預けると言い出しているのだ。“覇者”は共通の敵とは言え、互いが信頼出来る盟友となった訳では無いのだ。“覇者”とファーロスの戦力を同時に削る為に無茶な命令を出しかねない、その様な相手に全てを委ねると言っているも同然だった。

「残念ながら家も贅沢云っている余裕が無くてね。熟練兵を率いる下士がほぼ全て東に抽出されてしまっていてね。此の儘だと粘り強い戦いが望めそうも無い。ま、私が負けない限り、一族の誰もこっちには来ないだろうから、君達からすれば都合が良かろう?」

 アレウスが思い至った事をエクサが想像出来ていない訳が無いのに、何も問題ないとばかりにその場合の利点を語る。間違いなく、エクサ・ファーロスは傑物であった。

「最終的に勝って戴かねば結局は都合が悪くなると思うのですが?」

 敢えて先程の問題から目を避け、アレウスは正直に予想出来る未来をある意味で端的に表現してみせる。“帝国”にしろ、“覇者”の支配域にしろ、明らかに人口面で彼の祖国を上回っているのだから、ソーンラントという壁が無くなればどうなるかは想像に容易かった。

「……それは“覇者”がどこの戦線に向かうか次第かな。正直、私では“覇者”の相手は荷が勝ち過ぎる。盲ベルライン相手ですら避けたい処だよ」

 真面目な顔付きでエクサは地図を見ながら頭を抱えた。

「それ程兵がいないのですか?」

 先程の提案から、アレウスは想像出来る事を尋ねてみる。

 実際、ラヒルの出城としての側面もある割にはざっと見た限り兵数が足りていない様に見えた。

「元来この地は我が家のものでは無いからね。中核こそ私の手勢だが、この地の兵の大半は配属されたソーンラント正規兵だ。これから雪崩れ込んで来るであろう、ラヒルより南の敗残兵から悪影響を受けやすいのは考えるまでも無い事でな。流石に、父上ならば兎も角、私では到底そこから士気を最高潮まで持ち上げられないのでね。名の知れた良将を相手にしたくないのが本音だよ」

 苦笑しながら、エクサは肩を軽く竦めて見せる。

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