その10
東に出征するだけならば、ファーロスが動員出来る兵数でお釣りが来よう。だが、“覇者”がラヒルを制した以上、それでは手が足りなくなる。傭兵を雇い入れる必要が生じるのだ。
これが敵領に攻め込むのならば、勝手に略奪しようが、田畑を荒らそうが気にも掛けないだろう。
問題は、これからの戦いが防衛戦であり、戦場が自国である点であった。
傭兵団を雇い入れ、勝手に動き回られ、好き放題に略奪された場合、戦後の処理をどうするのか頭が痛い所であろう。それどころか、長く対陣する事となったならば、その様な事をしでかし続ければ、民の心が離れ、敵に寝返る者達も現れよう。
確りと自分達が守り抜くという意思を示し続けなければならない以上、傭兵組合から信用出来る傭兵団や傭兵を数多く雇い入れる必要が生じていた。
それが意味する処は、現状傭兵組合と争う様な真似を選択出来ないという事である。
アレウスの様子を見ていたエクサは茶碗を机に置き、
「私の家は兎も角、私自身に君と敵対する意思がない事は分かって貰えたのでは無いかな?」
と、静かに笑った。
「分かるには分かりましたが、些か釈然としないものがありますな」
「玉虫色の結論みたいなものだからな」
苦笑しながら、「君の正体を追及しないのと同じ様なものだよ。分かっていない事にした方が便利だからそうする。今回の件は我が家にとってどちらも根が同じだから、同じ結論に至るのは不思議では無いのだがね」と、エクサは言った。
「傭兵組合自体もですか?」
些か驚きを隠し得ぬ口調でアレウスは問い返す。
これまでの応答でエクサが傭兵組合に含むものを一切持っていない事を確信していた分、アレウスにしてみれば不思議な事であった。
「流石にハイランド絡みの案件を無条件で信じる事は出来ないねえ。それが“軍神”の意向次第でどうとでもなると為れば猶更だよ」
真剣な顔付きでエクサは即答する。
そこには歴戦の武人としての数多の修羅場を越えてきた男の顔があった。
「太守殿個人も?」
「一応家門の事を考えての建前というのは重要だと思うがね」
思わず苦笑しながら、エクサはアレウスの問いに対し、間接的に答えを匂わせた。
同じ様な対応続きの状況に食傷気味とばかりに首を横に振り、
「建前だらけの話し合いですね」
と、アレウスは呆れてみせる。
「ま、その方が有り難い場合もある。大っぴらに出来ない物事の場合は、だがね」
意味深な物言いでエクサはアレウスを見る。
「……どこまでお望みなので?」
致し方なく、アレウスはエクサに応じて会話の底にあるものを見極めようと冷徹な計算を開始する。
「少なくとも、こちらの体勢が整う迄、“覇者”の軍勢と渡り合える傭兵団を雇い入れたいね」
その様なアレウスとは対照的に、エクサは隣の住人に塩を借りる程度の気軽さで本題に入った。
「いつ頃までになるとお考えで?」
エクサの思考を読み取らんとアレウスは淡々と条件を探る。
これまでの言から、エクサが援軍を求めている事は見えてきていたのだが、それはファーロスの意思では無く、エクサの意思である。もし仮に、彼が実家に状況を報告し、それを元に兄が自分の息の掛かった軍勢──当然、傭兵組合を通して──を送ったとしても、エクサが総大将である限りは問題は起こり得まい。
だが、エクサより上位者が総責任者となった時、ハイランドの手の者をそのまま無事に返すだろうか?
そこがはっきりしない限り、アレウスとしては兄にこの話を持ち込む事は出来なかった。
だからこそ、兵達の身の保証が何時までかと言う問題は重要事であった。
「……それが分からんのだよなあ。東が片付けばこちらに戻るとは思うのだが、父上の事だから、そのまま北上しても驚きは覚えないつもりだ」
部屋の壁に貼られている周辺地図を見据えながら、「幸か不幸か、“覇者”の主力は現在この近辺に駐留している。こっちがそれを引き付けていれば、当家の主軍が好き勝手に動ける故に、先が流動的になる。逆に、こっちが持ちこたえられない場合、ソーンラントの西部を完全に見捨てるだろうね」と、エクサは己の読みを語った。
「東の状況次第、だと?」
余りもの当たり前の返答にアレウスは落胆を隠せずにいた。
当然、その中りはエクサも察しており、
「少なくとも、ここ、バラーが落ちる事を傭兵組合が望んでいるとは思えないのだがね」
と、至極当たり前の事柄で念を押してきた。
「口利きをしろ、と?」
アレウスもそれに当たり前の事で確認を取る。
最初からエクサがアレウスの実家に兵を出して貰えないかと暗に匂わせているのは間違いない事実であり、お互いにそれを理解した上で今迄の応酬が続けられてきたのだ。
敢えて当たり前の事を口にしているという事は、その裏にある意思をお互いに読み取れと言い合っている様なものである。
エクサは傭兵組合をアレウスの実家と一心同体であると認識しており、アレウスはエクサがファーロスの異端だと認識していた。互いにそれを理解していると分かった上で、必要な保証を互いに寄越せと言い合っているのだ。
「そうだね。君直々に口利きして貰えれば、相当優秀な傭兵を廻して貰えそうだからね」
ある意味で隠そうともせずに、エクサははっきりとした要求をする。
“覇者”と遣り合える精鋭を廻して欲しいと臆面も無く告げたのだ。
「依頼が終わった後、無事に返して貰えるならばなんとでもなるのですがね」
事ここに至ればアレウスものらりくらりと交わすつもりは無い。何よりも必要な事柄の確約を出せとエクサに求めた。
二人の兄の薫陶を受けているだけあり、アレウスの戦略眼は並大抵のものでは無い。バラーが落ちた場合、ハイランドがどれだけ不利になるのか瞬時に理解しているのだ。
した上で、絶対的に呑めない条件を未だに提示されている事に困惑しているのである。




