その9
「ま、私はここだけの話をするつもりだから、君もそうだとありがたい」
「我が先祖の名に懸けて、今からの話しを外に漏らす事はありませぬ」
爽やかに笑いかけてくるエクサに、アレウスは重々しく誓いを上げた。
「ま、そこまでして貰わなくても結構だが、漏らすとしても君の兄上達迄にしてくれたまえ。君の御父上だと私の父の様な反応になりかねないからね」
アレウスの態度を見て、冗談めかしながらエクサは笑い飛ばす。
但し、最後の最後は明らかな本音であった。
「上の世代は仇敵同士ですからね」
「我々の世代も似た様なものだ。君の年頃まで行くと、今度は“帝国”が共通した敵になるから、些か話も変わってこようが、な」
「まあ、それでも反乱騒ぎがありましたから、お国の王族に対する反応は難しい処ですね」
故郷の同世代を思い起こしながら、アレウスは真面目に返事をする。多分、エクサが欲しい情報でもあるだろうと中りを付けた上での発言だった。
「全くあの連中と来た日には……」
右手で顔を覆いながら、エクサは思わず天を仰ぐ。「死んでも面倒を掛ける」
「あの種の人間は然う云ったものでしょう」
妙に実感が籠もった感じでアレウスは相槌を打った。
「まあ、済んだ事は気にしないで貰えると有り難いな」
「俺は当事者ではありませんからね。表向き」
アレウスは最後の一言をぽつりと聞こえるか聞こえないかぐらいの声で呟く。
「建前というものは重要だよ」
エクサは苦笑しながら、アレウスの一言を遠回しに論評する。「それで、建前上の初陣の話を聞いても良いのかな?」
「スコント国境での陣場借りの話ですか? よく知っていますね?」
「南の連中ならば兎も角、隣国の我らが興味を持たないとでも思っていたのかね?」
「迷宮都市へ無事に付けた時とルガナやラヒルを活動拠点にしても反応無かったので、てっきり俺の事に気が付いていないものばかりと思っていましたよ」
「まあ、私が情報をせき止めていたのは確かだな。親父様が知ったら何しでかすか分からなかったのでね」
エクサは肩を竦めて見せる。
「お礼を云った方が宜しいのでしょうか?」
「いや、どちらかと云えば、傭兵組合と相争いたくなかっただけだ。君の家との関係は然程配慮していない。……まあ、傭兵組合に配慮している以上、結果的に配慮しているとも云えるが……只でさえ面倒事が多いのにこれ以上増えるのは勘弁して欲しいものだよ」
大きな溜息を付きながら、エクサは茶を啜った。
「傭兵組合の信用が高まったのは、“軍神の感状”が主要因ですからね。まあ、配慮せざるを得ないでしょうな」
エクサの懊悩の深さをアレウスは何となく推し量れた。
元来、傭兵というものは世間一般から見て信用される様な存在では無かった。街道が通っている山や要害に拠り旅人を襲う賊が、領主や金を持っている何者かに雇われている状態が傭兵と呼ばれるものであると考えられていた。信用などあって無きが如しと言えた。
故に、その連中に仕事を斡旋していた組合は中原の大きな城邑ならばどこにでもあったが、胡散臭いものとして見られていた。
それが一変したのは、“軍神”が現れてからである。
“軍神”はハイランドに関わる戦があればどこにでも出征した。当然戦があれば陣場借りする腕自慢や金に有り付こうとする傭兵団が現れるものだが、“軍神”は己の配下だけで戦う事を選んだ。その上、軍紀に厳しく、少しでも略奪を行う者が現れれば平然と誰であろうとその者を斬った。
それでも、陣場借りをする傭兵は現れた。“軍神”の決めた軍紀に従い略奪もせず、食料も持参し、黙々と戦場で軍功を上げる。特に大きな働きをした者には“軍神”手ずからの感状を与えた。
その感状目当てに、何度も自腹を切って陣場借りを繰り返し、終には顔見知りとなった“軍神”の麾下の将から仕官の声が掛かる者も現れる様になった。
流石にそれは少数例だが、感状の数が三枚を越えた辺りから、それを持つ傭兵は世間一般から信用される様となる。何せ、あの軍紀に厳しい“軍神”から真面に働いたと保証されているのである。何も保証する者が無い相手より、当然“軍神”のお墨付きを持った者を世の人は選ぶ。
傭兵組合も当然それに目を付け、傭兵を求める雇い主に感状の多い者を優先的に薦める様となり、次第に組合自体の評判も上がってきた。
逆に、従来通りの傭兵や傭兵団はそれこそ盗賊や山賊の如き者という扱いとなり、戦場での仕事すらも中々回ってこなくなった。
昨今では、ある程度金を貯めてから、“軍神”の軍勢に陣場借りして必死三昧に戦働きし、感状を稼ぐのが傭兵として大成する流れとなっていた。
今でも傭兵の多くはならず者である。
だが、“軍神の感状”がそうである者と違う者を分けた。
傭兵組合は“軍神の感状”という保証で以て彼らを必要とする者達から信用を勝ち得たのだ。“軍神の感状”を持つ傭兵ならば、裏切らない、雇い主の望まぬ行動を取らない、信用出来る、と。
そして、“軍神の感状”に縛られたのである。
もし仮に、“軍神”が陣場借りをしに来た傭兵達に今まで通り感状を配らなくなったならば、新しく生まれた一つの秩序が崩壊するのだ。傭兵組合は“軍神”に首根っこを捕まれてしまった。
(まあ、父上がそこまで考えているか怪しい処だがね。あの人はあの人の望むが儘に生きたいだけだ。己の美学にあわぬものを己の手の内に抱きたくない。結果、“軍神の感状”という副産物が生まれただけ。……兄上ならば、利用するかも知れないが……父上が嫌う事をあの兄上がする訳がない。結局、暫くは此の儘であろうな)
アレウスは懊悩するエクサを見ながら、束の間同情した。




