その7
「アレウスなら如才なく遣れるでしょう?」
「夕食抜きで良いなら良いのだがね? 流石に疲れて動けなかったから、夜食を下さいと云える立場かね?」
「……う~」
アレウスの言を聞き、思わずレイは唸り込む。
確かに、未だに寝足りないとは言え、それなりに休んだ身体が次に求めているのは栄養であった。
「俺より夜会慣れしている奴が何を嫌がる?」
「最近、人前で女として暮らしていなかった女の悲しみを知るが良い」
アレウスの言を否定すらせず、レイはどす黒い感情を隠そうともせずにアレウスを睨み上げる。
「いや、それ、俺が知っていたら少し問題あると思うぞ?」
「あー、満足出来る化粧も装身具も無い状態で、どんな顔で夜会に参加しろというのさ~」
「元が良いから何とかなるだろう?」
「女舐めるな、アレウス」
真顔でレイはドスの利いた声を上げる。
「お、おう」
流石の剣幕に、アレウスはたじたじとなった。
「もし何か服を借りられるとしても、ボクに似合う物が在るという保証もないし、あー、もう! 仮に似合う物があったとしても、それに併せられる装身具が手持ちにあるかどうかも怪しいし……。アレウスに買って貰う約束はまだ先だものなあ」
「その時はお手柔らかに、な」
レイの態度を見て、近い将来碌な目に遭わないと察したアレウスは念の為に予防線を張っておく。
「そこまで無茶を云う気は無いよ。それなりの物は買って貰うつもりでは居るけど」
「お前が満足する物が在れば良いのだがね」
確実に豹に与えた物以上の散財になる確信を持ちながら、アレウスは心中で天を仰いだ。
「楽しみだなあ、迷宮都市」
そうだけ言うと、レイは部屋へと戻る。
出そうになる溜息を堪えながら、アレウスは静かに茶を淹れ直した。
レイが女官と連れだって別室に行ってから暫くして、静かに客間で寛いでいたアレウスに幾度目かのおとないを知らせる音が耳に飛び込んできた。
「どうぞ、開いている」
ある意味で言い飽きた台詞を口にし、アレウスは視線を扉へと向けた。
「失礼致します」
最早顔なじみと言っても良い騎士が一礼してから、「主から、夕食までお暇ならば一緒に茶でも飲んで世情の万事を論じないかとの伝言を承りました」と、伝えに来た。
「今、連れが着替えに出ているのだが?」
「はい、それもありまして、我が主は貴公が暇を持て余していないかと心配されているのであります。それと、我が主はこの地から動く事が能わぬので、当家を訪れた客人から諸国の話を聞く事が唯一の楽しみでもあります。宜しければ、我が主の数少ない楽しみの為に御協力頂けないでしょうか?」
「……そこまで云われれば断るのも無礼というもの。喜んで茶席に招待されましょう」
アレウスは内心を押し隠して、和やかに返事をした。
実際、彼からしてみれば面倒この上ない話であった。
何せ、正体を成る可くならば知られたくない相手に情報を出し続ける事を求められたのだ。
いや、実際の処はアレウスの正体などエクサ・ファーロスならば知ってはいるだろう。知っては居ても、確証を得ているかどうか迄は怪しいとみていた。
それに、知っているとしても彼が誰にでもそれを話すとも思わない。思わないが、勘の良い配下がアレウスの正体に気が付く切っ掛けを作る可能性は否定出来ない。その配下が彼よりも家を選ぶ可能性は更に否定出来ない要素なのだ。
そこまで分かっている上で、アレウスはこの願い事が断れない類の用件であると強く認識していた。
第一に少なくともエクサ自身はアレウスに対して友好的な態度を取っている以上、アレウスもそれに答える必要があった。流石のアレウスも、厚遇してくれる相手に砂を引っかけて逃げる様な真似は出来ない。何やかんやで、傭兵にしろ冒険者にしろ名声や評判を重視される職業である。天下に名の知れたファーロス一門の次期当主と目されている人物を袖にして高まる評価があろう筈も無い。寧ろ、知遇を得てこそ名が鳴り響くというものだろう。
第二に屋敷に迎え入れた客人に対して毎回行っている事を自分だけが断れば何かしらの不審を呼ぶ。常日頃から何ら問題なく行われている事をしないという事は、そこに何かあると気が付く者が現れると言う事だ。そこからアレウスが隠し通したい事に手繰られる事の方が問題が大きくなる。
もう一つ付け加えるとするならば、アレウス個人の矜恃である。これだけの歓待を受け、何も返さずに立ち去るのは彼の美意識に反した。それが、茶飲み話程度で済むのならば安いものである。
(それに、逃げないで良い場面で逃げるのは業腹であるしな)
アレウスは覚悟をすっかり決めると、立ち上がり、愛刀を腰に佩いた。
「それでは案内仕ります」
騎士は一礼し、アレウスを先導する。
アレウスはそれに続き、再び屋敷の廊下を歩む。
日は既に西に大きく傾き、先程見た様相とは又様変わりした姿を見せていた。
「これは、美しい庭園ですね。夕陽も計算に入っていたのか」
流石のアレウスも、夕陽によって彩られた中庭の美しさに心を打たれた。
「元々ソーンラント王族がラヒルの太守に任じられるのが慣例でしたので、屋敷自体も贅を凝らした物となっております」
「ソーンラントの武を司る一門からすると無駄金使い、と?」
反応の悪さから、アレウスは何となく当たりを付けて尋ね返す。
「政の世界は分かりませぬ故に」
騎士は和やかにそうとだけ答え、先に進む。
アレウスはその答えを聞き、ソーンラントの闇を垣間見たと確信した。




