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アレウス廻国記  作者: 高橋太郎
江下り
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その6

 刃の状態を確認しながら、

(さて、現状のままならば、レイは迷宮で戦力になり得ないな。だからと云って、レイが俺と別行動を諾とするかと云えば……しないだろうしなあ)

 と、次の展望に頭を悩ませていた。

 アレウスとしては此の儘アーロンジュ江を下り、迷宮都市に入るつもりである。

 そして、迷宮都市に戻るからにはその地下に張り巡らされた迷宮群に挑むのは当然の事であった。

 問題は一つ、彼の参加していた徒党(パーティ)は既に全滅しているという点である。

(その穴埋めとしてレイに期待したい処だが……まあ、体力面はなんとでもなる。問題は迷宮適正があるかどうかもだな)

 山小人(ドヴェルグ)製の太刀に欠片の傷も表面上は見当たらない事に満足し、アレウスは太刀を鞘に収める。(だからと云って、又一から徒党を作り上げるのもきついしな。多分、時間もあるまい)

 アレウスは正確に時勢を理解していた。

 “覇者”がソーンラントで争乱を起こし続ける限り、“帝国”は自由に動く余裕を得る。その時に、中原に攻め込み雌雄を決する決戦を挑む様な間抜けであれば誰も畏れを抱かない。間違いなく、確実に切り取れると考えられている彼の祖国へと侵略の魔の手を伸ばすであろう。

 そして、兄達が“帝国”と相対した時、アレウスは一人だけ蚊帳の外に居るつもりは無い。兄達から何も言われなくとも、その時は一兵卒として馳せ参じる覚悟を持っていた。

 だからこそ、残された時間で自分の遣りたい事を遣り遂げておきたいのだ。

 中でも、誰も成し遂げた者が居ない迷宮都市の地下最下層への到達とその謎を解き明かす事は彼が旅立つ前から持っていた数少ない夢の一つであった。

(世界最強の剣客になるよりは叶えやすい夢だと信じていたのだがなあ)

 アレウスは大真面目にそう考えながら、序でとばかりに小柄や脇差の確認も始める。

 本来ならば、抱いている夢が大きすぎて他人に理解されずに排他されるものであるが、彼の場合は違った。兄二人からして野望と言って良い壮大な夢を抱いていたのだ。だからこそ、アレウスが語った夢を、兄二人は否定する事無く応援した。故に、アレウスは真っ直ぐ育った。

 真っ直ぐ育ってしまったが為に、家を出て、諸国を巡り歩き、陣場借りで戦場に潜り込んだり、商隊に雇われて用心棒紛いの働きをし、冒険者に身を(やつ)して迷宮に挑んだのである。その結果が、家族の中で一番資産を所有する事となったのだから、正しく成功したと言えよう。

 そして、真っ直ぐだからこそ、家を捨てきれないのである。

 兄二人は本心としてはアレウスに戻ってきて欲しいと思うだろうが、決して言い出さないだろう。家を出て、完全に独立した弟に手助けを求める程厚顔無恥では無いのだ。

 ()って、いざその時になればアレウスは自主的に駆け付けるだけの話なのだ。

 独立した弟に対してあれこれ指図しないという事は、弟の判断を尊重すると言う事でもある。弟が家の危機に家を救う為帰ってきたとしても、邪険にする事は無い。その決断を尊重するだけであろう。

 逆を言えば、兄達は弟の気質を知っているからこそ、干渉しないし、勝手に帰ってくると信じて近況の遣り取りだけで済ませているのだ。

 但し、上の兄は過保護である為、アレウスが彼自身ではどうしようも無い事に巻き込まれない様に密偵を送り込んでいるのは一種の御愛敬と言ったものであろう。

 それは結果として、兄達の思いとは裏腹にアレウスは返しきれない恩義と思い、家に縛り付ける事とも為っている。皮肉と言えば皮肉な事である。

 そんなこんなをあれこれと考えている内に、

「アレウス~、何か着るもの無い~?」

 と、あられもない姿で首だけ扉の隙間からぬっと出してレイが訊いてきた。

「……せめて寝間着ぐらい着た儘で顔を出せ」

 大きく溜息を付いてから、「それで、どういう事だ?」と、アレウスは聞き返した。

「ほら、ラヒルで荷物色々と投げ捨てたじゃない? 新しい下着は確保しているんだけど、女物の夜会服は投げ捨てちゃったし、騎士服はさっき着ていた汚れたものしかないし、何か適当な汚れていない服が無いのに気が付いて、お風呂出てからどうしたものかお悩み中?」

「だから、ちゃんと、考えてものは捨てる様に云っていただろうが」

 和やかな表情の儘、アレウスは成る可く怒気を抑えながら強い口調で念を押し直した。

「女物の夜会服が必要になるとは思っていなかったんだもん! 騎士服は宿に帰ってからどうにかなると思っていたんですー」

「……それを云われると辛いな」

 レイの追及にアレウスは思わず口籠もる。

 実際、アレウスの予測の上を越した“覇者”の戦略の所為で着の身着の儘で逃げ出さざるを得なかったのだ。ある意味でレイの一言は一理あると認めざるを得なかった。

「じゃあ、着るもの無いから僕はお休みという事で──」

 レイが提案しようとした時、客間の入り口から扉を叩く音が響いてきた。

 慌ててレイは自分の寝室の扉を閉めて奥に戻る。

「どうぞ、開いている」

 アレウスはレイの気配を確認してから、おとないを知らせてきた者に許可を出した。

「失礼致します」

 見覚えのある衛兵が真新しい湯が入った水入れを持って入室してくる。「何処に置けば宜しいでしょうか?」

「机の上で頼む。それと、先程の騎士殿に、私の連れが夕食会に着ていく服が無いので困っていると太守殿に伝えて欲しいと伝言願えないだろうか?」

「承知致しました。暫しお待ち下さいませ」

 完璧な所作で一礼し、衛兵は速やかに部屋から退出する。

 それを見届けてか、

「アレウス、どういうつもり?」

 と、レイは再び首だけ扉の隙間から突き出す。

「苦労は分かち合おう。相棒だろう?」

 矢張り和やかな表情の儘、アレウスはレイに語りかけた。

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