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アレウス廻国記  作者: 高橋太郎
虎豹騎
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その4

 暫くして、木の下に(ひか)えていた男が息せき切って休憩地点へと文字通り転がり込んできた。

 近くにいた傭兵が気を効かせて水袋を渡すと、男は勢いよく水を飲み干した。

「それで、どうだった?」

「こ、虎豹騎(こひょうき)だ。虎豹騎が脇目も振らずに進軍していた」

 その言を聞き、誰もが一瞬の内に真顔となった。

「虎豹騎とは、あの虎豹騎か?」

 アレウスは静かに確認する。

「ああ、あの“覇者”の切り札の虎豹騎に間違いねえ。あんなモンが二つとあって(たま)るか」

 男はアレウスにきっぱりと断言した。

 その受け答えを見て、様子を見守っていた傭兵達は近くにいる仲間と顔を見合わせる。

 誰しもが困惑した表情を浮かべ、次の一手をどうしたものか悩んでいた。

 只一人、アレウスを除いて、だが。

「そうか、あれは虎豹騎であったか。()もありなん、然もありなん」

 何故か満足そうに何度も頷き、「それで、数は? 向かった先は間違いなくネカムで、ルガナの方から進発している様であったか?」と、矢継ぎ早に問い掛ける。

「数の方は分からねえ。木の上で見張っているザスの野郎が数えていたはずだ。俺はとりあえず、連中に見つからない様に気を付けてこっちに第一報を届けに来たに過ぎねえ。こっち側に折れてきていないって事はネカムに向かっているとは思うんだが、上から見ていたザスじゃねえとはっきり分からねえな」

「それだけ見えていたなら上出来だ。少なくとも、ネカムに向かうのは死地に等しいと確定したのだからな」

 未だに気を取り戻さない商人を眺めながら、アレウスは思案顔になる。

「ザスが戻ってきたら、此の儘前進?」

「そうだな、此の儘先ずはミールに向かうべきであろう。流石に都であるラヒルを無視してネカムからミールに向かう真似はすまい。それに、本気でソーンラントを落としに来ているか、まだ分からぬからな」

「どういうことだい?」

「ルガナを落とすための陽動。あの速さで動いていれば、平時のネカム程度の政庁ぐらいあっさりと制圧できよう。城門が閉まる前に城内に入り込めば後は虎豹騎ならばやりたい放題であろうさ」

「陥落せるなら陽動って云うの、それ?」

「本命はルガナだからな。別に陥落したからと云って、維持しなければならないという責務はない。ルガナへの援軍をネカムで足止めできるならば十二分に働いたと云えようが……無理してまで行う策ではないよなあ?」

 自分で理由を説明している内に、アレウスは思わず首を傾げる。「それならば、もっと楽な他のやり方があるはずだな。“帝国”からの亡命者達に貸し与えているルガナのためにソーンラントが本気で援軍を送るか? それも奇襲じみた騎兵による機動戦でラヒルの喉元に当たるネカムを占拠するのは些か度が過ぎていないか? ……やはり目的は別な処に在ると見るべき、か?」

 アレウスが自問自答を始めた頃、(ようや)く向こう側の街道上空を覆っていた土煙が晴れ始めて来た。

 息を(ひそ)めてじっと身を潜め続けていた傭兵達はそっと息を付いた。

 それなりに腕に自慢ありといった彼らでも彼の“覇者”が自慢とする虎豹騎相手とならば死を覚悟するのが当たり前である。かの“帝国”の政争で東方諸侯の元に亡命を図りカペー動乱の緒戦で討ち死にした“人中の”リチャード・マルケズが率いていた突騎とも互角に遣り合えると噂されているだけあり、赫赫(かくかく)たる戦績を誇る。

 そんな相手に対してこの儘この場に居る者達が虎豹騎を相手にしたらどうなるか? まともな指揮官も居らず、もし仮に連携を取ったとしても泥縄にすらならないお粗末な状況下でぶつかり合ったところで犬死ににすら満たない何とも形容しがたい終わりを迎えるだけだろう。

 それが分かるだけに、何とかやり過ごしたことがどれだけ運が良かったのか誰しもが理解していた。

 それ故に、その運をもたらした男が次にどう動くか、それだけが今の注目の的であった。

「んー、分からん! あちらさんが次の手を打つまでどう出るかが読めん。正解が分からない以上、次善の策で動くべきだな。とりあえず、この儘ザスを待つか」

 一つ頷いた後、汚物(まみ)れで気絶している男をちらりと見てから、「処で、誰か汚物を片付ける気はないか?」と、アレウスは周りを見渡した。

 だが、誰一人としてアレウスと視線を合わせようとしないのであった。

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