その3
客間に案内された後、アレウスは部屋に備え付けられている棚からそれなりの値段と思われる酒を取りだし、机の上にあった洋杯に注いだ。
一つをレイに渡した後、自分の分を一気に呷った。
「飲んでも良いものなの?」
自宅で寛ぐかの様な態度のアレウスに対して、レイは困惑を隠せなかった。
レイもそれなりに物を見る目は肥えている。そのレイからして見ても、明らかに度を超した価値の物ばかりが備え付けなのだ。アレウスが手に取った酒も恐らくは並大抵の者が手にする事すら出来ない物だろう。
「飲ませたくないものならば、ここに置いていないよ。それに飲ませたくない客ならば、ここに通さないさ」
「それはそうだろうけど、薬を入れられているとかの心配はしないの?」
レイにとって、覚えの無い事で歓迎されると言う事は恐怖でしか無かった。
相手を敢えて想像を絶する程の歓待をし、油断したところで始末をする。古来より良くある謀殺の手順である。
それ故に、今の状況は疑心暗鬼に陥るしか無かった。
「エクサ殿が? まさか」
朗らかに笑いながら、アレウスは再び酒を洋杯に注ぐ。「あの方は然う云う事をしない方だよ。何せ、後ろ暗い事をしたらファーロス一門を誰も信じなくなるからな。あの方が最後の頼みの綱であり、それを自分が一番良く認識している苦労人なのだよ」
「どうやったら周辺からそこ迄信用されなくなるのさ」
アレウスの言葉からファーロス一門が周りからどう見られているか如実に理解したレイは溜息を付いた。
「まあ、それは、なあ」
流石に現在世話になっている相手を悪く言う事に気が引けたのか、アレウスは目を泳がせた。
それを見て、レイは何かを察したのか、何も言わずに洋杯の酒を飲んだ。
「あ、これ、美味しい」
「それはそうだろう。アーロンジュ江北の穀倉地帯で作られた絶品だからな。ソーンラントの豊かさの象徴の一つよ」
「……やっぱり、何か問題があるの?」
アレウスの台詞自体は純粋に褒め称えるものであった。
しかしながら、それなりに付き合いが長くなってきたレイには何か陰の様なものをその口調から感じたのだ。基本的に陽性な生き物であるアレウスが然う言ったものを見せる事は少ない。
だからこそ、レイは引っかかりを覚え、暫し訊くか訊かないか悩んでから思い切って尋ねる事に決めたのだ。
「いや……無いな。多分、無いのだ、この国では」
幾分寂しそうに、アレウスは笑った。
「そう」
レイは気が付いた。アレウスが口を濁したという事は、この場では言えない事なのだ。
だから、敢えて聞かない事にした。必要な事ならば、後で何らかの形で教えてくれるだろうと知っている。アレウスが言わない事にも何か意味があるとレイはこれまでの付き合いから気が付いていた。
「まあ、とりあえず、暫くは暇になった訳だ」
アレウスは取り繕うかの様に言葉を紡ぐ。「ラヒル脱出から休めていなかったのだ。久々に休ませて貰うとしよう。とりあえず、風呂入っても良いか聞かないとな。レイはどうする?」
「んー、身体洗ってから着替えたいけど、一寸限界かな。先に休んでからお風呂は入れるなら入るよ」
「ならば確認してくるとしよう。先に休んでて良いぞ。状況は書き置きしておこう」
アレウスと違って、馬を引いている時も馬上でうつらうつらしていたとは言え、ほぼ数日間真面な睡眠を取らずにここまで来ているのである。既に体力の限界を超えていたのだ。
寧ろ、レイが今の今まで起きている事こそ驚異的と言えよう。どう考えても、荒事向きの氏素性では無さそうなのだ。傭兵暮らしがそれなりに長いとは言え、ここまで体力を温存出来ない仕事はさせた事が無かった。先の事を考えれば、良い経験になったと言えようが、それは先の事である。今は休ませた方が良いとアレウスは断じた。
「うん、そうさせて貰うよ。お休み、アレウス」
「お休み、レイ」
客間に備え付けられた隣の寝室にレイは残っている自分の荷物と一緒に消えていった。
それを見送ってから、アレウスは廊下への扉を開けて、
「風呂は使っても良いのかね?」
と、警護の兵に尋ねた。
「屋敷内ならば自由に動かれても問題ないと上の者から仰せつかっております。客間のものよりも大浴場がお好みでしょうか?」
貴人に対する様な丁重さで兵はアレウスに答えた。
その対応を見て、アレウスは密かに心で舌を巻く。どこの馬の骨とも分からない傭兵相手に対して、些かの隙も無く、平然と丁重な対応をするのだ。いくら主君がそうしろと言った処で、中々遣れるものでは無い。ファーロス一門の脅威の一端をアレウスは知れた気がした。
「長旅という程でも無いが、旅塵を落として身体を伸ばしながら漬かりたいのでね。客が入っても問題ない大浴場はあるのかな?」
自分の内心をおくびにも出さず、アレウスは和やかな顔付きで要求を言って退けた。
「流石にそれがしの一存では決めかねますので、上役に聞いて参ります。宜しいでしょうか?」
同僚に目線で何かしらの合図をしてから、兵はアレウスに申し出た。




