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アレウス廻国記  作者: 高橋太郎
江下り
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その2

「俺もファーロス一門に対して思うところが無いとは口が裂けても云えません。ですが、ラヒルに関しては報告しないと云う選択を傭兵組合の一員として為す訳にはいかなかった。それだけの話しです」

 私人同士の会話と言う事で公に記録が残らないと理解した上で、アレウスは敢えてぎりぎりの本音を語った。周りに控えている警護の士も間違いなく眼前の男の息が掛かっている者と見なした。要は、ファーロス家としての公式な会見が終わっている以上、眼前の男の判断こそが今この場を支配しているものと言えた。。

「分かっているよ。だからこそ、私も私なりの誠意を示している。とは云え、目立つ行動をして欲しくないのも本音でね。隠し通せなくなるのはお互いに困るだろう?」

 男も又、アレウスの価値を正しく知っていたが故に、完全に手切れとなるような真似はしたくなかった。ファーロスの対外交渉を一手に引き受けている以上、没交渉になったら拙い相手を怒らす様な真似だけは避けたかったのだ。

 問題は、全部向こうの要求通りに動くのも又拙いという点であり、ある程度こちらの要求を通す事で家門の意地を守る必要も生じている点だ。尚且つ、アレウスが妥協出来る範囲のもので、目に見える成果である事が望ましかった。

 そこで男が出した結論が、情報が正しいと分かるまで屋敷で歓待するというものだった。

 故に、態とらしい迄にあからさまな台詞まわしで男はアレウスの自重を頼み込んでいた。

「……正直云えば、バラーを統括しているのが貴方で助かったとしか云い様が無いですね。他の方ならば、痛くも無い腹を探られて又大立ち回りしなくてはいけなかったでしょうしね」

 アレウスは男の狙いを正しく理解した上で、様々な理由からこれを断れないと判断していた。

 自分で言った通り、他のファーロスの人間相手ならば同じ様な事をされた場合直ちに暴れ出してでも逃走しただろう。それによって被害を蒙る組織があろうとも、アレウスは知った事では無いと決断した筈だ。

 しかし、目の前にいる男が相手ならば話は別なのだ。他の人間ならばいざ知らず、ファーロス一門で唯一信じて良いとされている男なのである。男からしてもアレウスを丁重に扱わざるを得ないように、アレウスからしてもこの男の言う事を尊重しなければ色々と拙いのだ。

 付け加えれば、話が分かる相手なのだ。思想的に問題が多い人物が主流のファーロスにしては、柔軟な考え方をし、こちらの考えも汲んでくれる。ファーロス一門に人多しと言えど、比喩表現抜きで話が通じる唯一の相手だからこそアレウスは本音を敢えてぶつけたのだ。

「ハハハハハ、誉められたと受け止めておくよ。館の敷地内ならば、君に付ける警護の者にさえ云って貰えればある程度好きに動いて貰って結構だ。幸い、今この屋敷にいる者は私の臣下で固めているからね。街に出なければ、問題にはならないよ」

 当然、この男もそれを理解した上である程度本音を出している。ある意味で幸運な事に、バラーに駐屯しているファーロスの手勢は全てこの男の手の者である。後々問題になるような事は男の胸先三寸でどうとでもなるのだ。

 アレウスの事を正しく理解し評価しているからこそ、今この場に彼の意が通らない部下が一人でもいたのならば、男の気苦労は増すばかりであっただろう。融通の利かない者が揃って東の戦線に駆り出されている事もあり、余裕を持って望んだからこそ、アレウスがぎりぎり受けざるを得ない提案が出来たのだ。

「俺個人としては貴方と争いたくないです」

 ここまで交渉上手な相手との伝手を失う事を含めて、アレウスは心中怖れている事を正直に言った。

「ならば、ここは私の指示に従ってくれ。私も面倒事はいやなんだよ、これで」

「承知しました。それと、連れはこれでも女性なので配慮を求めたいのですが?」

「……流石にそれは私を侮りすぎでは無いかね、アレウス? どう見ても女性だろう」

 レイを眺めて男は不本意そうに答える。

 実際、男装しているとは言え、前とは違い女性である事を隠して居らず、ちゃんと観察すれば女性と見極められる程度には化粧していた。

「傭兵仲間には気が付かれていなかったので、念のためですよ」

 肩を竦めてアレウスは答えた。

「それは周りの見る目が無いのか、余程仕事中の振る舞いが上手いのか判断尽きかねるな。それでは暫く客室で寛いでいてくれ給え」

 男は部下に目線を送り、引見の終わりを告げた。

 即座に扉を開き、

「こちらです」

 と、アレウスとレイに合図を送ってから一礼する。

 アレウスは節度を弁えた礼をし、案内する男の部下に続く。

 レイもアレウスを真似て一礼してから、早足で後に続いた。

「御屋形様、宜しいのですか?」

 アレウス達が退出したのを見計らって、控えていた部下が男に確認を取る。

「どれがだい?」

「大殿への報告を握りつぶす事です」

「親父様からは私の仕事の範囲内の事であるならば、事が成るまで独断で進めて良いと許可を貰っているからね。報告すれば碌な事にならない以上、ある程度成果が見えてから纏めて報告するさ。それに、現状陸路でしか使者を送れないのだから、ラヒルの情勢を見届けてから使者を送り出しても遅くはあるまい」

「しかし、あの者は──」

 男は部下を制し、皆まで言わせなかった。

「そうかも知れないし、そうでないかも知れない。どちらにしろ、東の事も片付いていないのに、“覇者”と相対さなければならないのだ。これ以上無駄に敵を増やすのは真っ平御免だな、私は」

 男は大きな溜息を付きながら、机の上に近隣の地図を広げた。

 指の先でラヒルを差し、それから徐に北上してバラーに至る。

「指呼の間な上、途中に要害が無いと来ている。バラーから見ると、ラヒルが敵勢力下にあると不便極まりないな」

 男は大きく溜息を付いてから、「攻めて来るならば籠城しかあるまい。攻めて来ないならば、敵補給線を擾乱して体制が整うのを先延ばしさせるしかあるまいな。軍議を開くとしよう。主立った面々を招集せよ。それと、状況が判明するまでは警備を厳重にせよ。泳がせていた敵陣営の密偵に怪しき動きがあれば始末して良しと通達しておけ。ま、捕らえてくれる方が嬉しいがね」と、一気に指示を出した。

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