その1
「ハハハハハ、それは災難でしたな!」
貴公子然とした男がアレウスの説明を受け、呵々大笑する。
バラーに逃げ込んだアレウスとレイはそのまま傭兵組合に駆け込み、現状を報告した。休む為に宿を取りたい処であったが、組合からバラー太守に報告を依頼されたのだ。当然、依頼とは名ばかりの拒否権の無い指令であり、致し方なくアレウスとレイは呼び出されるまで組合の二階にある休憩施設で仮眠を取った。
アレウスの予想よりも早く呼び出され、予測より身分の高い相手の前に案内されたのが誤算と言えば誤算であった。
「御期待に添える報告だったか怪しいと思うがな」
アレウスは淡々とした口調でそれに答えた。
事前の申し合わせでレイには男物の衣服を纏わせ、一切喋らせなかった。後は自分で本当の事だけ報告して終わらせる予定だったのだが、太守直々の聞き取りは想定外であった。
「何、充分ですとも。ラヒルが落ちていると分かっていれば、対処の仕様もあります。一番拙いのは、落ちているか落ちていないか分からない状態で援軍を求められた時ですからね。この状態なら、落ちていると見なして援軍を求める書状は敵が我らを釣り出す為の策と断じて良いぐらいだ。全く以て傭兵組合には頭が上がりませんよ」
「そう云って貰えると有り難いがね」
「何か問題でも?」
「そこまで持ち上げられると後が怖い」
真顔でアレウスはきっぱりと言い切った。
大抵、この様な状況報告は良くて太守の副官、大体が警備の担当者当たりが聞き取り、自分達で調査した後に組合を通して感謝状を送る程度の仕事であった。どこの息が掛かっているか分からない傭兵を代えの効かない太守などと言った職責の者に直接会わせる訳には行かないと考えるのが常識と言っても良いのだ。はっきり言えば、傭兵側からすれば太守直々の応答とはこれ以上無い待遇なのである。その上、丁重な持て成しに過分な褒め言葉とくれば、余程ものを考えていない者でも無い限り訝しむ。
その様な好待遇なのだ。相手が相手でなければ、アレウスは完全に逃げ支度をしたであろう。
「ハハハハハ、それは、それは。そちらの立場なら然う云うしかありませんな」
再び大笑しながら男は深々と頷いて見せた。
「裏がないと信じるしか無いのが辛いところだ」
平然と相手方を信じていないと公言しながら、アレウスは大きく溜息を付いた。
男はその様なアレウスの態度に毫たりとも動じず、
「ふむ……。先に報酬の話しを致しましょうか?」
と、提案してきた。
「直接報酬を貰う様な話しではないから、組合と話し合って貰った方が有り難い。俺が云いたいのは、俺達を何時まで拘束しているつもりか、という事だ」
目の前にいる人物がファーロス一門の他の人間であったら、アレウスは傭兵組合の顔に泥を塗ろうとも逃げの一手を打ったであろう。幸か不幸か、目の前の人物は唯一の例外であり、話が通じてしまう相手だった。今後の事を考えれば、悪目立ちするのは避けたい処であったし、唯一話の分かる相手を敵に回すのはあらゆる意味で得策ではなかった。
その為、妥協出来る範囲を態々言葉にして尋ねたのである。
「成程。道理だね。私個人としては既に聞きたい事は聞けたし、傭兵組合と要らぬ争いを始めたくないので直ぐにでも、と云いたい処なんだがね」
男は苦笑しながら、「まあ、流石に王都が落ちた等といった話しが飛び込んできたら、気が立つ者も出るからね。申し訳ないが、こちらでも王都が落ちた事を確認取れるまでは滞在して貰えると助かる」と、油断ならぬ目付きでアレウスを見た。
「最初からそう云ってくれれば問題なかったのですがね」
傭兵組合の人間としての交渉は終わったものと考え、アレウスは目上の者に対する礼で会話を続ける事とした。
「それは失礼。私にも立場があると理解して貰えると有り難いかな?」
アレウスの態度を見て、男も幾分砕けた態度と仕草で応対をする。
「一介の傭兵に政絡みの判断を押し付けられても困るんですがね?」
「ハハハハハ。一介の傭兵、ね?」
男は意味深に笑い、控えていた部下に目線を送る。「御二方を賓客として持て成し給え。我が家門に懸けて、呉々も丁重に、な」
「御配慮痛み入ります」
アレウスは貴人に対する態度で丁寧に一礼した。
「上手くいけば、一両日中には状況を把握出来る。重ね重ね申し訳ないが、私の顔に免じて、暫く軟禁されていてくれ」
男は敢えて軽く頭を下げた。
「俺個人としては全く以て納得しがたいものがあります。ですが、傭兵組合の一員としてファーロス一門の代表の要求に対し、応じる姿勢を取らせて貰いましょう」
心中で大きな溜息を付きながらも、アレウスは表情を一切変えずに返答した。
一応表向き一介の傭兵相手に一城の太守が頭を下げたのである。余程の理由が無ければ要請を撥ね付ける事が出来ない。間違いなく、目の前の人物がそれを計算して行ったとアレウスは正しく理解していた。
「いやはや、全く以て体面とは面倒なものだよ。お互いに望まぬ猿芝居を求められるのだからね」
「貴方がそれを云いますかね?」
アレウスは思わず顔を顰めた。
先程から明らかにアレウスが翻弄され続けているのだ。愚痴の一つも言いたくはなる。
「ま、私だから云えるのだよ。父や弟たちがこの様な態度取れる訳あるまい?」
「俺はそれに対しては何も言えませんね。寧ろ、貴方がここにいる事自体がある意味で理解出来ないんですがね?」
「他に人がいないからね」
初めて渋面を作りながら男は答える。「ま、然う云う事だよ、アレウス。とりあえず、私個人としては君の行動に掣肘を加える気は一切無い。只、ファーロス一門としてはそうともいかないのはどうにもならなくてね。傭兵組合の一人として扱うのが精一杯なんだ。そこら辺を斟酌してくれると嬉しいよね」




