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アレウス廻国記  作者: 高橋太郎
間章 次兄の憂鬱
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その6

「まあ、貴殿にならば最高の見せ場を与える事に誰も異を唱えぬだろうから、それで我慢せよ」

 一種独特の嗅覚を持ったブーンの勘に呆れながらも感心し、ダリウスは宥める様に上意を言い渡す。

「チッ、仕方ねえなあ。大将がそこまで云われるなら我慢しますが、ちゃんと稼げる戦場を用意して下さいよ?」

「分かった、分かった。俺を信じて待っていろ」

 思わず笑みを浮かべながら、ふて腐れてみせるブーンに対してダリウスはあっさりと請け負った。

「おう、大将の事は信じているから大船に乗ったつもりで待っていますぜ」

 ブーンは豪傑笑いを絶やす事無く部屋から出て行った。

「あの男は変わりませんな」

 些か呆れた口調でヒューイットは溜息を付く。只、その口元は少しばかり笑みを堪える様な、その様な表情であった。

「ブーンはあれぐらいで良いのですよ、先生。あれで良く周りを見ている」

 静かに笑いながら、ダリウスはブーンを麾下に治めた日を思い起こす。

 ダリウスがブーンと初めてであったのは、まだソーンラントからの亡命者達が反乱を起こす前の話である。どこかで傭兵団を遣っていたブーンが食い扶持を求めていた時、ソーンラントからハイランドに移住するのに護衛を求める集団がいた。これ幸いとそれに乗っかり、ブーンはその儘亡命者集団にそれなりの所領を宛がわれて雇われる事となった。

 以降、雇い主の意向でハイランドの要請に従い出陣する事があり、そんな手伝い戦の一つの際、“軍神”の手勢を率いて参陣していたダリウスと出会った。

 ダリウスは一際見事な働きをしたブーンに目を掛け、勝利の宴でその働きを褒め称え、余りもの好待遇で信じられない程の条件を提示して引き抜きを仕掛けた。

 流石のブーンもそれを信じ切る事が出来ず、その場では丁重に断る事にした。

 ダリウスも又、その場では引き下がった。最初から、それで麾下に迎え入れられるとは考えてもいなかったし、元々後々の縁を考えての接触であった為、顔と名を覚えて貰えれば、程度の行動であった。

 それでも、何かしらの機会がある度に挨拶をしたり、贈答品を贈る事で良い印象を与える努力は続けていた。

 ブーンも傭兵の頭を務めるだけの器がある男であり、ダリウスが本気で自分達を評価し、敵に回したくないと考えていると理解した。そして、彼は傭兵団の長であった為に、その時の雇い主とダリウスを天秤に掛ける事とした。

 実際の処、ブーンもダリウスの事を高く評価していた。自分の事をこれほど高く評価してくれた雇い主は未だにいなかったし、何と言っても、彼が知り得る限り恐るべき戦上手であった。敵に回すより、味方として同じ陣営に居たい相手、そう認識していたのだ。

 だからと言って、その儘直ぐに味方すれば雇い主に対する不義理にもなるし、安く見られるかも知れない。陣営を乗り換えるならば、乗り換えるなりの機というものが在る。ブーンはそれを見計らっていたのだ。

 当然、ダリウスもそれは理解しており、お互いに機が熟すのを待っていた処、起きたのが亡命者達の反乱騒ぎである。

 流石のブーンもこれは不味いと即座に理解し、慌ててダリウスの元に出向いて取りなしを懇願した。

 ダリウスからしてみると、濡れ手に粟、棚からぼた餅と言った処であったが、問題はブーンが反乱を起こした者の手引きで所領を得ている事であった。

 流石に関係ないと強弁するには厳しいものがあり、恭順の意を示してきた事による恩赦を狙い、何とか所領の没収だけで事を治めた。そして、追放刑ではない為に、そのままブーンの傭兵団毎ダリウスが雇い入れる事が出来たのである。

 似た様な境遇の者達が連座による極刑や罪人として財産没収の上で未開発の土地での開拓を課せられた事を考えれば、領主という地位を無くしたが収入はほぼ変わらず、新しい主を得たブーンは間違いなく身の振り方に成功した部類である。

 斯くして、一連の騒動でダリウスの得たものは多かった。

 その上、彼の兄が終始陰に隠れていた為に、ダリウスの成果だけがより目立つ状況であった。この事により、ダリウスの名はハイランド一円でよく知られる様になった。

「やれやれ。殿の器の大きさには些か呆れるしかありませぬな」

 ヒューイットは一礼し、「それでは急ぎ下がって調べて参ります」と、退室していった。

 ダリウスは徐に立ち上がり、壁に貼り付けられているハイランド周辺の地図を見る。

 南は“帝国”、西は峻嶺なる山脈に住まう(ドラゴン)、北は移住してきた丘小人(ホビット)やら鉱物資源に魅せられて何時からか住んでいた山小人(ドヴェルグ)、東は従来の仇敵であるソーンラントに囲まれているのがハイランドである。帝国との国境やソーンラントの国境付近にも厳しい山脈があるとは言え、強国が本腰入れて攻めてきたら現状厳しいのは確かである。

(その為にも、兄上の計画通り、山小人を口説き落とさねば)

 人口数で二つの国に劣ると言う事は、動員兵力にも差が出ると考えるのが妥当である。それが即ち最終的な戦力差にはならないにしても、互角の戦力で消耗戦に持ち込まれれば兵力勝負となる。

 量で勝てなければ質で勝りたいところだが、両国共に名将に率いられた強卒が存在するのだから、いくら“軍神”と呼ばれる父親が優秀であっても限度というものは存在する。正確に言えば、“軍神”と並び立つのがファーロスの現当主で有り、“帝国”の“大将軍”である。些か逆説的にはなるが、国力で劣るハイランドが二つの強国相手に互角以上に渡り合えるのは“軍神”と後もう一人の名将が必死になって支えているからであり、その二人の引退がハイランドの終わりであると周辺から見られていた。

 如何に“軍神”の息子達が優秀であったとしても、“軍神”ほどの信頼をハイランドの将兵から勝ち取れるかと言えば、時間が足りないと長兄とダリウスは結論づけていた。

 ならば、その時間に変わるものを用意すれば良いという簡単な結論に対し、長兄が導き出したものが山小人なのである。

(山小人の鍛冶師達が打ち出す鋼の武具。中原全土の冶金技術が青銅で精一杯である今ならば、鋼を手にする事で一気に状況を引っ繰り返せる)

 ハイランド北西部を穴が開く程注視し、それからこの世の終わりとばかりに大きな溜息を付く。(そんな金がどこにあるんだよ!)

 思わず心中でダリウスが毒突くのも仕方ない。只でさえ、軍需物資を調達するのに頭が痛くなる程の軍費を掛けているのに、それ以上に金食い虫の鋼の武具を買い揃えていったらどうなるか、他ならぬダリウスが一番よく知っていた。

 例え国庫を良い様に扱えたとしても、彼ら兄弟が想定している分量を用意するのに足りないのだ。どうやってかして、資金を生み出さない限り、画餅と言えた。

 最終手段である、アレウスに対して土下座してでも資金を調達するという奥の手を本気で取らざるを得ないのではないかと兄に訴える程だ。

 それに対し、

「何、先ずは山小人の心を捕らえる事からだよ。鋼を求めるのはそれからでも遅くはないし、金ならば心配するな。俺に宛がある」

 と、自信満々とばかりに兄が答えていなければ、ダリウスは既にアレウスの元に旅立っていたに違いない。

 ダリウスは兄がどうやって資金を調達するか予測も出来なかったし、家中の取り纏めに忙しく、山小人との折衝がどこまで進んでいるかも知らなかった。

(……矢張り、兄上と話し合うべきか……)

 そう結論づけると、アレウスから贈られてきた秘蔵の酒瓶を片手に執務室を後にした。

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