その20
アレウスもそれを理解している。
そして、アレウスにも信じるに足る者がいた。
だからこそ、アレウスは何一つ慌てる事無く、自分は周りを牽制しながら、黒影を北門へと直走らせる。
終着点である北門に近づくにつれ、アレウス達よりも包囲をしている突騎の方の緊張が高まる。
アレウス達が北門前の広場に入った時、歯車が軋む重苦しい音が聞こえ始めた。
ガタガタと辺りを振るわす音で何かが動き出す。
異変に気が付いた突騎の一人が動き出そうとする直前にアレウスは平然と射殺す。
それから悠々と再び矢を番え、ぎろりと辺りを見渡した。
アレウスに気圧され、ダッハール勢は一瞬足が止まった。
然う斯うしている内に、少しずつ北門が開いていく。
アレウスは門の中央に向けて進路を取り、黒影に気合を入れる。
「アレウス?!」
順調に開いていた北門が馬一頭が通れる程度の隙間だけ開いた状態でうんともすんとも動かなくなり、レイは驚きの声を上げた。
「問題ない、計画通りだ」
アレウスは至極真面目な顔付きで、「真後ろに捨てて良いモノを全部捨ててくれ。流石の黒影であろうと、重すぎて加速が足りなくなるかもしれん」と、指示を出した。
「アレウスの物も?」
流石に確認を取らず捨てるのは気が引けたのか、レイはアレウスに確認を取る。
「大事な物は傭兵組合を通して迷宮都市に運んで貰う手筈になっている。この上に載せているのは逃げる時に持っているのだから大事な物に違いないと追っ手に勘違いさせる為の替玉だ」
「……そこまで計算していたの?」
さらっととんでもない事を言い切るアレウスに対し、レイは心中で舌を巻いた。用意周到にも程がある。一体どこまで何を読み通しているのか、レイは束の間、アレウスの心中の動きに思いを巡らせた。
「そりゃこれだけ追われ慣れているとな」
後ろから本気で追って来始めた突騎を目で牽制しながら、アレウスは器用にも肩を竦めて見せた。
黒影も慣れたもので、アレウスの指示も無いのに開いた場所を目掛けて全力で駆け始める。
レイも慌ててアレウスが替玉と呼んだ袋を次々に投げ飛ばした。
金貨と違い、バランス良く荷物が詰め込まれている所為か非常に投げやすく、その儘追っ手の馬にぶつかったり、疾駆してきている馬の脚を取ったり、想定外の働きもした。
それを見て、レイは、
「アレウス、ダッハールに合わせて」
と、短く指示を出し、四苦八苦する部下を追い抜いて先頭に立ったダッハールの馬目掛けて自分の荷物を投げつけた。
アレウスも心得た物で、番えていた矢をダッハールに向けて放った後、即座に馬の頭に向けて鏑矢を撃ち込んだ。
ダッハールは罵詈雑言を吐き捨てながら、愛馬を止め、序で矢切をする。
完全にダッハールの足が止まったのを見て、アレウスは弓をレイに預け、手綱を取って黒影を操る事に専念する。
アレウスの指示無くとも、黒影は狭い隙間を作っている門扉にぶつかる事無く、するりと抜ける。
(まあ、流石にこっちまでは無理か)
アレウスが事前に予測していた通り、跳ね橋は完全に降りきってはおらず、何とか駆け上がれるかどうかという角度で止まっていた。
黒影は手綱から伝わる主の意思に応じ、臆する事無くそれを駆け上がる。
アレウスは静かに時宜を推し量り、静かにその時を待つ。
レイは既にアレウスに全てを委ね、黒影の背中にしがみつく。
後もう一歩で足を踏み外すという処で、
「黒影、跳べ!」
と、手綱を操りながらアレウスは叫んだ。
黒影は当然理解していると言ったばかりの反応で、理想的な場所で踏み切り宙を舞う。
ガタガタと音を上げて再び上がっていく跳ね橋を背に、黒影は見事に対岸へと着地した。
「よーし、良くやってくれたぞ。まあ、堀に飛び込んでも問題なかった訳だが、楽に事が進められる方が嬉しいからな」
様子を見る為に軽く並足で流し、問題ないと判断した。
アレウスは手綱を持ったまま降りるとその儘歩き始める。今は黒影を成る可く休ませる時だと判断した。
矢張り降りて歩こうとするレイを押し留め、アレウスは黒影を先導するかの様に先頭を行く。
「どこに行くの?」
街の灯が遠くになった頃、レイはぽつりと尋ねて来た。
「予定通り北に行くさ。ラヒル近郊は最早戦場よ。金になる仕事はなくなった」
歩みを止める事無く、アレウスは逃げる前から決めていた事を言った。
「先ずはバラー?」
宿屋で交わした会話を思い起こしながら、レイは尋ねてみる。
「そうだな。船に乗って降るのも良い。思い切って対岸に行くのも手だな。ま、路銀との兼ね合い次第だがな」
「路銀、残っているの?」
恐る恐るといった感じにレイは確認を取る。
「……多少は」
今まで考えようとしなかった事実に無理矢理直面させられ、アレウスは思わず言葉を濁す。
「やっぱり大盤振る舞い過ぎたんじゃ?」
「否定はしない、否定はしないが……あれ以外に術はなかった」
苦渋の表情を浮かべ、アレウスは大きく溜息を付く。「そりゃ、使わずにすむならそれが良かった。しかし、先手を取られた上、あの状況下ではどうにもならん」
「それはそうだけど、この先生活するのに必要な分まで使い切るのはどうかと思うよ?」
「ま、“迷宮都市”までの代金ならば借金してでも向かうさ。あそこまで行けば、なんとでもなる」
「僕の服も?」
「ま、約束だったからな。あっちで気に入ったものが在るなら買うとするさ。ま、今はまだ先の話だがな」
呵呵と笑いながら、アレウスはレイの方を見た。
レイもクスリと笑い、漸く生き延びた実感を覚えたのだった。




