その18
「まあ、俺以外は大抵気が付いていないから完璧だったんだろうな。俺のお前に話していた能力をすっかり計算していなかったという事以外は」
やや呆れた口調でアレウスは突っ込みを入れた。
「うー、気が付いていたなら何で気が付いていない振りをしていたのさ?」
諦めきれぬとばかりにレイは飽く迄も食い下がる。
「それをお前が望んでいたのと、何やかんやで傭兵業界というのも男社会だからな。不当に報酬が減らされるのは好みではない。己の腕という物の価値は正当に評価されるべきだ」
アレウスは己の心情をレイが理解していない事に対して殊の外強い語気で己の意思を示した。
「じゃあ、宿で同じ部屋を取る事にちっとも悩む様子を見せなかったのはどうなのさ?」
レイは今一度アレウスに食い下がった。今迄一度もその様な場で葛藤を示さなかった事もレイがアレウスに気が付かれていないと思った一因である為だ。
「流石に世間知らずを一人っきりにさせる度胸はないぞ? これでも身内と思った相手が破滅するのを座視する趣味は無いんでな」
アレウスからしてみれば、それは当然の理であった。何でレイに訊かれるような内容なのか今一理解していない様子ではあったが、悩む様子もなく、アレウスは即座に答えた。
「納得いくようで、納得いかない……」
何とも言えない複雑な表情を浮かべて、レイはぶつくさと呟く。
「全く面倒な事だ。女扱いして欲しいなら、この窮地を脱してから好きなだけするから機嫌を直せ。……ま、何はともあれ、ここを脱してからだ」
黒影に合図を送って表通りを目視出来る場所まで出てから、矢を番えて弓を構え直し、アレウスは再び黒影に疾駆を命じた。
裏通りの薄暗い夜陰から飛び出すと同時に、アレウスは前もって察知していたどこか覚えのある気配に容赦なく矢を射掛けた。
アレウスが誤射を畏れずに矢を打ち込めたのは、明らかに人では無い高さに気配を感じたからである。要は馬に乗った人か、小柄な巨人族でも無い限りあり得ない位置に気配を感じていたのだ。このラヒルでアレウスが知る限り、夜間に馬で警邏している警備隊は居ない。故に、今馬に乗っている者は自分を除けばダッハール隊の突騎である。
(ま、異変に気が付いて出撃してきたソーンラントの騎兵の可能性もあったが……矢張りソーンラント側の動きが鈍いな。ルガナだけではなく、ラヒルも既に調略を受けていた可能性まであるか、これは?)
予測違わずダッハールの手の者を射殺した事を確認し、アレウスは北門目掛けて黒影を駆る。
直ぐに異常を察知した他の者が呼び子を鳴らすが、アレウスは既に二射目を放った後であった。当然の様にアレウスの矢は呼び子を鳴らし始めた男の首を貫いた。
三矢目を番えながら、次の獲物をアレウスはあらゆる感覚を用いて探す。
成る可くならば、それなりの人数が自分の騎射の腕を見ている状況下で確実に殺していきたかった。この種の撤退戦は相手に自分が勝ち戦の最中に死ぬかもと言う疑念を植え付ける事こそが逃げる側の生存確率を上げる。誰も自分の腕を知らなければ何も考えずに突っ込んでこられ、最悪数に呑み込まれて終わってしまう。
逆にこちらの腕が知れ渡っている場合、一矢を見せびらかせ続けて逃げ切る事も可能となる。流石にそこまで行くと運も絡んでくるが、アレウスの場合は既に部隊の中核となって居るであろう古参の突騎に腕は知れ渡っているのだから、後は“覇者”の元で補充された新入り達にこちらの腕を教え込めば追い付かれずさえいれば逃げ切れると踏んでいた。
(ま、ダッハール自身が指揮していたらその限りでも無いが、奴もそこまで莫迦ではあるまい。敵の本拠地で敵とは関係ない相手を追い回して策を台無しにするなど……既にしているなあ)
ダッハールの色々と不安のある前行を思い出し、限界ぎりぎりまでは自分を付け狙う可能性をアレウスは思い付く。(ま、今回はこっちも無策ではないから、最悪やってやれない事もない。……本当に最悪の最悪だがな)
守り抜きたい荷物がある以上、無駄に交戦したいとは考えない。その為に態々弓を用意したのである。距離さえ置いておければ、今回だけは確実に逃げきれる算段がある。
問題は距離を置けなくなるという事態である。
(そう、例えば、北門の前で待ち構える、だな。是非も無し)
北門まであと僅かな処で、騎馬の集団が待ち構えているのを見つけた瞬間、アレウスは悪鬼羅刹の笑みを浮かべた。
元々、逃げるなどと言う行動を嫌う男が、虎口を逃れる為に意に染まらぬ行為を取り続けさせられてきていたのだ。他に取りうる行動がなくなった時点でアレウスの意思は歓喜で溢れた。
何となく展開が読めてきたレイも諦めた顔付きで愛剣を抜く用意をする。
速度を落とさず、アレウスは騎射を続け、戦闘で突っ込んでくる相手を連続で叩き落とす。
相手と交錯する前に弓から太刀に持ち替え、素早く斬り込む。
その際、右側の敵をレイに任せ、左側の敵を相手にする為アレウスは左太刀の構えを取ていった。
(ダッハールは居ないか。それと手慣れていない連中が多いな。彼奴ご自慢の突騎は温存と云った処か。新しい主の手勢を犠牲にするとは良くやる……)
向かってくる相手を全て切り捨てながら、アレウスは行く手を阻む相手の力量を見計らっていた。弓を用意していない時点でダッハール直卒の突騎ではないと見極めてはいたのだ。
だが、アレウスにとってある意味で拍子抜けと言った処であった。練度自体はあの時感じた虎豹騎程ではないがどこの国であっても精鋭と言えるだけの力はある。反応自体も悪くはない。悪くはないが、ダッハールの手の者としては物足りない。明らかに捨て駒である。
(ただ、これだけ統制が行き届いているという事は、金貨を散蒔いた処で意味が無い相手、か? 成程、時間稼ぎとしては最良の手合いだろうな、ダッハールからすれば)
ダッハールの意図を見抜いたアレウスであったが、だからといってそれが打開策に繋がるという訳ではない。(こちらの足を止め、その上で疲労狙いでもあろうが……避けられぬ以上どうにもならんな。本命が来る前に北門に近づいておきたい処だが……ダッハールがどこに伏せているか、か)
騎馬同士の行合であり、突破自体は直ぐに終わる。
アレウスは即座に弓に持ち替え、今度は鏑矢を北門方向に射た。
ほぼそれと時を同じくして、アレウスは右手方向から強い兵気を感じ取った。




