その17
「“覇者”殿がやった様に一時的にでも門を占領すればどうにか出来るのだがな」
当然何も彼もを理解した上で、アレウスは空惚ける。
「詰んでいない?」
当然、アレウスの打った手を知らないレイからしてみると、何でそんなに余裕な態度を取れるのか理解に苦しむ処であった。
「その為の高い情報料だ。……まあ、レイも荷物を捨てる覚悟は付けて置けよ。大切なものだけはちゃんと別にしておくのだぞ?」
軽くアレウスは種を明かし、序でとばかりにこれから起こりうる事への対策を警告する。
「どういう事?」
余りにも端的すぎて、レイは流石に理解に苦しんだ。
「最悪、金目の物を連中の前でばらまく。ダッハール以外は俺の首よりも、俺の首に掛けられた金が目当てだ。まあ、連中の中でも古参は俺の武を知っているから、知らない奴を先ず嗾けるだろう。どちらにしろ、及び腰にした処で、冒険をせずに簡単に手に入る金品がばらまかれたらどうすると思う? 俺はそれを拾い集めると思うね」
レイの問いに対し、アレウスは自分の予測を語った。今までの傾向から相手の動きを読み、アレウスはその対抗策を準備していたのだ。
「でも、夜闇で見えなかったら意味ないんじゃないの?」
至極尤もな意見でレイは異を唱える。何となくだが、今迄の会話の内容から、アレウスが想定していた襲撃時間と現実に大きな隔たりがあったのではないかと推測したのだ。
「ここはラヒルだぞ? 北門に繋がる表通りで灯火が落ちている? あり得ない、灯の落ちる事無き街、それがラヒルだ。連中からしてみても、暗いより明るい方が襲撃しやすいのだから、消す理由がない」
単純明快な理由でアレウスは断言する。
事実、表通りの方からは灯りが漏れてきており、ラヒルの繁栄ぶりを示していた。
それだけに、ここいら一帯の異様な静けさが不気味ですらあった。
「道理、なのかな?」
「ま、それに連中、俺の方が夜目が利く事知っているしな」
それでも疑問が残るレイに対し、アレウスははっきりしている事実を突きつけた。
「一体どれぐらい遣り合っていたのさ?」
自分の方が夜目が利くと知っている以上、少なくとも夜襲を受けた経験があると言う事である。付け加えるならば、今こうして生きているという事は少なくとも闇討ち全て返り討ちにしてきた事に相違なく、更にその自信振りから相手が夜戦を断念するだけの損害を与えてきたという事だろう。
「……数え切れないくらい、かな?」
遠くを見る顔付きで、アレウスは大きく溜息を付く。「さて、休憩時間は終わりだ。次の角で大通りに出直し、一気に北門まで駆ける。準備は良いな?」
「良くなくても行くでしょう、君は」
溜息交じりにレイは答える。
「いや、流石に今回はちゃんと聞いておくぞ? 形見の髪飾り無くしたら大騒ぎしそうだからな」
「……何の事かな?」
何故か空惚けるレイを後目に、
「まあ良いさ。ここまで云っておけば、お前の事だ。ちゃんと準備は終わっていると信じておくぞ。あと、散蒔く時と思ったら悩まず遣ってくれ」
と、アレウスは鞍に括り付けて置いた袋を渡す。
「重っ。何これ?」
手渡された革袋のずしんとした重みに思わずレイは驚きの言葉を上げた。
「“帝国”の金貨だ。連中にはこれが分かり易かろうよ」
「大盤振る舞いだね」
流石のレイもこれ程の重さもの帝国金貨を見た事も触った事もなかった。これがアレウスの言でなかったら偽金か何かと疑うところだが、アレウスならばこの程度用意する事は容易いと知っていた。只、容易いと言っても直ぐに用意出来るようなものでは無いから、胡乱な目で見てしまうのは致し方の無い事であろう。
「命と比べれば、それの方が圧倒的に安い。それに、迷宮に潜れば数日で取り返せる。金は使い処を間違えると痛い目を見るぞ?」
レイの言いたい事を何となく察しながらも、アレウスは敢えて自分からした金に対しての所信を語る。アレウスなりの経験則から来た人生訓であり、使い処を間違えて破滅していった者を思い浮かべていた。
「それはそうだろうけど、ここが使い処なの? アレウスからしてみても、これはそれなりの額でしょう?」
「……皆まで云わせるな」
アレウスは渋面を浮かべ、「お前の密やかな楽しみを奪う程俺は甲斐性のない男かね?」と、溜息を付いた。
「あ、えーっと……」
何とも言えない表情を浮かべ、レイはそっぽを向く。
「……まあ、待て。俺が気で人の行動を察知出来るのは理解しているな?」
少しばかり違和感を感じたアレウスは一度黒影を止めてからレイに確認を取る。
「うん、それは、まあ」
「男と女の気の流れが根本的に違う事も分かっているな?」
アレウスは違和感の核心に斬り込む。
「うん、うん……って、あれえ?」
「おい、待て。本気で俺がお前の正体に気が付いていなかったとでも思っていたのか?」
流石のアレウスも困り果てた表情を浮かべ、「俺に接触してきたその時からお前が女である事自体は分かっていたのだぞ? 何やら男として行動していたい様だったからそれを尊重していたが……お前は何でそう変な処で抜けているんだ」と、大きく溜息を付いた。
「えーっと、僕の演技が完璧だったから?」
レイは飽く迄も空惚けて、問題に気が付かなかった振りをし続けた。




