その16
「えっと、親族が強盗殺人されたから報復に現地に住まう者を根切りにした話?」
アレウスの話に出たロンテーモの出来事についてレイは確認を取る。まだ、レイが実家に居た頃に聞き及んでいた噂を思い出したのだ。
今より十数年前、“覇者”がバジリカの乱を制して精兵を得た後、その功で任じられた土地に故郷より家族を呼び寄せようとした。“覇者”の故郷は戦乱の真っ只中であり、まだ自分の傍の方が安全であると判断したのだ。只、その場合問題なのはそこに至る迄に通り抜ける土地であり、彼の任地と故郷の間も又戦乱の嵐が巻き起こっていた。唯一それなりに安定していた土地がロンテーモであった。だが、皮肉な事に、“覇者”が当時所属していた閥と敵対している閥に近かった人物がロンテーモを治めていた為、“覇者”自身は余りそこを通す事に対して乗り気ではなかった。
それで終わっていれば問題は無かったのだが、“覇者”の父親とロンテーモの統治者同士が昔馴染みであった事と、“覇者”との関係も敵対と言うよりは中立に近かった。故に、急ぎならばそこを通らざるを得なかった。致し方なく、“覇者”も最終的には折れ、ロンテーモ経由で親族を迎え入れる事に決まった。
“覇者”の父親とロンテーモの統治者は旧交を温め、護衛の為に部下を付ける厚遇を示した。しかし、その部下が目先の利に揺れ、“覇者”の親族を襲撃し、財宝を強奪していったのだ。その時、親族の多くが四散して逃げ果せるも、“覇者”の父親が運悪く最初の襲撃で死んでいたのである。
当然、怒り狂った“覇者”の報復は激しく、ロンテーモの大地は朱に染まった。
「平たく云えばそうだな。実際はもう少し入り組んだ話なのだろうが、先ず中原に住まう者が聞き及ぶ話はそうであろうよ。故に、ソーンラントでも知られていようから、ここではそれが真実となろうなあ」
アレウスとてその時にロンテーモに居た訳では無いので詳しい事を知らない。
だからこそ逆に、ソーンラントの民衆も噂単位でしかその事について知っていないと確信している。
「だとしたら、ここで同じことを繰り返せば、感情的になりやすいソーンラント人の頑強な抵抗に遭うって事?」
「だろうさ。普段は兎も角、頭に血が上って感情的になったソーンラント人程扱いにくいモノはない。“覇者”殿とてその程度は先刻承知であろうから、何かしらの手は打ってるだろうよ」
レイの質問にアレウスは我が意を得たりとばかりに大きく頷いて見せた。
ソーンラント人の感情の起伏が激しい事は周辺諸国によく知られている事実であり、例を挙げようとすれば枚挙に遑が無いという世界である。世に知れ渡っているソーンラント絡みの有名な逸話からしてその激情と切っても切れない関係なのだから推して知るべしとしか言い様が無い。感情的にならないソーンラント人を探して見つける方が不可能だと言われる当たり、周りからどう思われているかも言う迄も無い。
最早常識としか言い様が無い前提を“覇者”が無視して策を練るとは思えなかったのだ。
「例えば?」
「己が悪名を利用し、逆らう者は皆殺し、手を出さねば危害を加えずと云った処が分かり易い手段だが……既に西門の方を燃やしている訳だからなあ? そんな相手を信じるかと云えば……」
アレウスは首を捻り困惑した。
レイに追及されなかったら終ぞ気が付かなかった事だが、ソーンラントの民の気性を考えれば、西門付近を焼き討ちしたのは悪手である。何せ、ソーンラント人と来たら気性が激しい癖にねちこいのである。恩義もそれなりに長らく覚えているが、それよりも恨みを辛みを絶対に忘れないのだ。彼の故郷も、このソーンラント人の特性が無ければ、もう少し平和的な付き合いが出来たと考えられていた。
「やっぱり、信じないよねえ」
レイも同じ疑問に達していたらしく、アレウスに自分の結論を投げかけた。
「信じないだろうなあ」
鸚鵡返しにアレウスも相槌を打つ。「それこそ、いつも通りのダッハールで、実は俺だけを狙う為に“覇者”を上手い事利用したと考える線もあるが……そこまであの“覇者”殿が甘いとは思えぬからなあ。絶対に何かしらの裏が有りそうだな。ま、今考えたところで詮無き事か」
「確かに、今は無事逃げる事に全力を注ぐべきだよねえ」
アレウスの本意を確りと理解し、レイは周りを見渡した。
「まあ、ここでダッハールの手の者に襲われてもどうとでもなるから良いのだが、問題は北門付近よ」
レイの挙動の意味を察し、アレウスは先の展望を語る。
「あっちに居ると思う?」
北門の方を眺めながら、レイはアレウスに尋ねた。
「“覇者”殿から見て俺は捕まえられたら良い程度の標的だが、ダッハールから見たら第一優先であろうしな。只、流石のダッハールも仕官したばかりであるからして、新しい主の機嫌を損ねるような真似をすまい。どうやってかして、北門から抜け出せれば俺の勝ち、北門で立ち往生したならば俺の負けと云った処か」
アレウスは冷静に状況を解析する。
「ラヒルの城壁って高いよねえ?」
そんなアレウスに対し、レイは懐疑的な疑問をぶつけた。
「流石に飛び越えたり飛び降りたりは出来ぬなあ」
アレウスもレイのその態度には慣れたもので、この場から見える北門方面の高い城壁を眺めながらしたり顔で答える。
「城門も分厚いよね?」
「蹴り開けられるとしたら、アンプル山脈に住まうと云われる巨人ぐらいだろうな」
今が隠密行動中でなければ豪傑笑いで返しただろうという気配でアレウスは二三頷いて見せた。
「今、夜だから城門は閉まっているし、跳ね橋も上がっているよね?」
敢えて分かりきった事をレイは再度確認する。
ラヒルは近くを流れる川から水を引き込み、外側の城壁に沿って水堀を張り巡らせていた。例え門が開いていたとしても、跳ね橋が上がっていれば出る事は適わなかった。




