その14
「ちょっと、アレウス!」
かなり雑に持ち上げられ、レイは顔を赤くして抗議する。
「文句は後に回してくれ。敵に遭う迄には疾駆に耐えられる姿勢を取っている様に。最悪、手持ちの荷物は諦めろ」
レイの言い分を相手にせず、アレウスは言いたい事だけ言うとレイの為に荷物の置き場所を用意する。
「……え、そんなに拙い状態なの?」
「正直云って、宿屋に荷物を預けた方が後で取り戻せる可能性がある程度には。但し、燃えたものの保証はして貰えぬだろうよ」
目を白黒させているレイを後目に、アレウスは黒影を静かに進発させた。
わたわたと荷物を馬上で背負える様に調整し、
「一体何事なの?」
と、レイはアレウスに問う。
「ダッハールを覚えているか?」
「あー、アレウスと初めて会った頃によく襲撃掛けてきていた傭兵隊長?」
薄らと残っている記憶を辿り、それらしき人物を思い起こしながらアレウスに例は確認を取る。
「まあ、正確には“人中の”リチャード・マルケズと云う男の部下だったんだがな、ジャマー・ダッハール」
アレウスは何気無くある意味で核心情報を口にする。
「……“人中の”……あれ? “人中の”リチャード・マルケズ?」
レイはアレウスが口にした二つ名に何かしら引っ掛かるものを覚えた。レイが知る限り、“人中の”と言う二つ名は世界広しと言えど二つと無かった筈である。中原無双と知られた最強の武人を示すものだったと記憶が訴えていた。
「云っていなかったか?」
アレウスは首を傾げる。「“人中の”リチャード・マルケズが“帝国”から中原王朝に亡命してきたばかりの頃、ギョームを本拠地にしていた中原諸侯がスコントに侵攻した。それにマルケズは便乗してな。部下共々参戦した処、緒戦で奴は目出度く討死にした訳だ。まあ、その討ち死にした戦いが俺の初陣みたいなものでな、奴御自慢の汗血馬をいの一番に殺して一騎打ちを挑んだ。今から思えば若気の至りなんだが、当時は怖い物知らずでなあ。ま、勝てそうもないから途中で必死扱いて逃げたのは良いものの、何でかは知らないが、やつの部下が合流しに来てみたら討ち死にしていたらしくてなあ。俺が奴に挑んだのは誰もが見ていたものだから、仇に違いないと勘違いされた訳だ。その所為で、一部の残党から命を狙われる事になり、今に至る訳さ。まあ、大体は“大徳”の元に居た時に返り討ちにしたのだがな」
「返り討ちに出来たんだ……」
アレウスの明け透けな告白に流石のレイも思わず言葉を失う。
アレウスの強さは理解していたが、中原最強の男と渡り合った上で勝てそうもないから逃げ出すという真似はある意味で想像すら出来ない事であった。自分より強い相手から難なく逃げると言う事が実際可能なのかどうかは置くとしても、最強と名高い相手を殺したと部下達が思い込む程度の腕は当時から持っていたと言う事なのだ。今のアレウスの年を考えれば、本当に初陣だった筈である。その様な若僧が遣れるような事でもないし、遣る様な事でも無い。本当に規格外の男だとしか言い様が無かった。
「“大徳”の元に居た将士が優秀だったからな。戦場で敵方に付いた連中は粗方対処出来た」
大したことないとばかりに軽い口調でアレウスは言い切る。
「アレウス側の陣営にも居たの?」
「居たが、然う云う連中は大体“大徳”傘下に収まって手打ちをしたな。“大徳”は種族や出自で区別する方ではなかったから、あっさりと降った奴らも多かったぞ。他に行くよりは、俺の事を妥協してスコントで仕官した方が旨味が多かったからな。……まあ、そんな事お構いなく俺の首を狙ってきていたのがダッハールなんだが」
大きな溜息を付きながら、「あいつだけは戦時平時関係なく俺の首を狙ってきていてなあ。迷宮都市に引き籠もるまで、南に居た時は常に襲い掛かられていたようなもんだ。お前と出会った頃はもう大丈夫かと思って、ジニョール河近郊まで足を伸ばしたらやっぱり襲われたんで、慌ててソーンラントに本拠地を移したんだが……あれ? お前と連むようになってからは襲撃されていないの、か?」と、アレウスは首を傾げた。
「いやいや、出会った時に一回だけ襲われているよ」
思い出したくもないとばかりに例は首を横に振った。
「ああ、最後の一回はお前と出会う事になったあれか。あれも酷かったなあ」
アレウスも又首を横に振り、「で、ここでそいつをおかわりしたいか?」と、レイに訊く。
和やかな表情をアレウスに向け、
「御免蒙るね」
と、レイはきっぱり断った。
「そうか、だったらそろそろ……駆けるぞ」
アレウスは黒影の腹を蹴り、疾駆へと移るように合図を出した。
一声啼いてから、黒影は静かに駆け出す。
レイは慌てて両脚を踏ん張り、黒影の背にしがみつく。
アレウスは辺りの気を探りながら、北門へと黒影を誘導する。
色街を抜け、目抜き通りに懸かった時、アレウスは異変に気が付いた。
「チッ、静かすぎる。ここはもう既に終わった後か?」
弓に矢を番えながら、アレウスは気配を探る。
「どういう事?」
舌を噛まないように気を付けながら、レイはアレウスに問い掛ける。
「この時間に人が居ないのは異常だ。西門の異常が伝わって逃げ惑う民草が居るのならば兎も角、誰も居ない? だとするのならば、連中が既にここを突破し、目的を果たしたのならば納得はいく。納得はいくが……些か早過ぎる。丸で、最短の道を最初から知っていたかの……そうか、知っていたのか。最初から俺達狙いだとすれば、既にここは敵の手の内。首に違和感を感じないのは命の危機ではないから……俺を生け捕りにするつもりか。クソッ、舐められたものだな」
険しい表情を浮かべ、「レイ、もう一段階飛ばすから舌噛まないように気を付けろ。黒影、頼むぞ」と、言うや否や、番えた鏑矢を空へと射る。




