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アレウス廻国記  作者: 高橋太郎
ラヒル強襲
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その13

 アレウスは慎重に夜闇を掻き分け色街へと向かう。ラヒルの街中は既に頭の中に叩き込まれており、どの道を使えば誰にも気取られずに目的の場所まで駆けられるかを素早く答えを弾き出していた。

 南門ではなく、西門の方から強い兵気を感じる以上、既にダッハールは街中に入り込んでいると見るべきであろう。それに、入り込んでいないのならば、今はまだ気配を隠し通しているはずである。

 導き出せる答えは一つ、ほぼ時間が無いと言う事である。

(何事もなく街を抜け出すのが理想だが、そうも行かないか)

 バラーのある南方面に抜ける予定のアレウスからすると、莫迦正直に南門から侵入してくる方が有り難かった。只、もしアレウスが侵入する立場だとしても、一番警備が厳しい南門を狙う寄り、多少でも警備の緩い門を狙っただろうし、退き際も考えれば相手の警戒が薄い方面を狙うのは常道と言えよう。

 唯でさえ後手を踏んでいるのだ。南門までの距離を考えれば、アレウスは敵に自分が補足される可能性が高いと見極めていた。

 もう一つの問題は、折角アレウスの見えない処で羽根を伸ばしているレイを無理矢理連れ出さなくてはいけないという気の重い問題である。どこが行き付けの店かは色んな処から耳に入ってくる噂で知っていた。レイが店で何をしているのか想像が付く以上、アレウスの気の重さは更に増す。普段から気を張って隠し通している事を最初から知っていましたと告白するようなものである。気まずいと言う話処ではない。

 その点を考えて、これがダッハール以外の将が攻め込んできたと言うのならば、最悪見捨てても害はない。捕まって事情を聞かれた時に上手く対応すれば、その場で解放される可能性すらある。

 だが、相手はあのダッハールなのである。アレウスに対して異常なまでの敵意を燃やす相手が、アレウスに関係が深い者を前にして理性的な対応を期待出来るか怪しい処であった。レイの秘密の事も相俟(あいま)って、どの様な目に遭うか分からない以上、首に縄を付けてでも連れ去る覚悟を抱いていた。その結果、レイに怨まれるとしても、宿に着いた時点で判断を誤った付けというものである。

 だからと言って、その時点で今回の件全てに気が付いていたとしたら、それはそれで異常な話であろう。アレウスからしてみれば、身内にそれが出来る人間がいる以上、遣れないとおかしいとなるのだろうが、これは余程の少数派と見て良い。そして、アレウスが捕まると言う事は、その少数派の存在を“覇者”の側に洩れる可能性があるという点こそが最大の問題とアレウスは見なしていた。

(まあ、兄上の存在が知られる事も俺の自由が無くなる事も認められるものでは無い。ならば、さっさと逃げるのみよ)

 色街に辿り着くのに後は表の大通りだけであり、流石に騎乗して行けば人目に付きすぎるかとアレウスが悩み始めた頃、西の方から異様な喧噪が聞こえてきた。

 一つ大きく息を付いてから、アレウスは一気に覚悟を決めて、そのまま大通りに乗り出した。

 まだまだ盛りの時間だけあり、色街までかなりの混み具合であったが、アレウスはそれを気にする事無く黒影を駆けさせた。黒影も又、アレウスの意思に応え、行き交う通行人を縫うように疾駆する。

 尻餅を付く者、その巨体に怯えて身を竦ませる者、行き成り逃げようと駆け出す者、様々な反応を一切合切無視して、アレウスは目的の連れ込み宿まで駆け抜けた。

「レイ! 逃げるぞ、着の身着の儘で良いから、急いで出ろ! 時間が無い、ダッハールが来たぞ!」

 よく透る大音声でアレウスは宿の前で叫ぶ。「お前から出て来なければ、こちらから攫いに行くぞ! 荷物は諦めて、さっさと来い!」

 アレウスは目を(つぶ)り、宿の中の気配を探る。慣れ親しんだ気配がわたわたと動いている感じがしたので、静かに数を数え始める。

 周りが騒がしくなってきたが、アレウスは敢えて無視し、そっと西を見る。予測通り、そちらの空は赤々と何やら煙って見えた。

「旦那、無粋じゃありませんかね?」

 何やらアレウスの事を見兼ねた遣手婆(やりてばばあ)が声を掛けてきたので、黙って手にした弓の先を西の空に向ける。

「“覇者”の手の者が城内に入ったぞ? 何かしら逃げる手立てはあるのかね?」

「……旦那、本当の事で?」

 西の空が赤いと言えど、それが戦火によるものとは限らない。これだけの大都市ならば、不審火やら何やらで大火事が起きる事もそれなりにある。どさくさに紛れて荒事をする為の言い訳と考えるのも無理ない事なのだ。

「信じる信じないは好きにせよ。俺とてそれを証明する手段は持ち合わせておらん。だが、ネカムを落とした虎豹騎(こひょうき)を目にした以上、何があっても不思議は無いと思っているよ?」

「おやまあ。ネカムが落ちたって噂は本当だったのかい」

「それはあっさりと信じるのだな」

 些か意外と言った顔付きで、アレウスは遣手婆を見た。

「ま、こんな処でこんな因果な商売やっているとね、耳だけは早くなるもんですよ。それで、旦那はどうするおつもりなんで?」

「ちと厄介な奴がこっちに来たって話を聞いたんでな。相棒を拾い上げたら、北に逃げる。ま、バラーまでなら何とか俺の方が早く逃げ切れようよ、多分」

 アレウスは首の後ろをピシャピシャと叩きながら、「で、婆さんは何もしないでも良いのかい?」と、尋ね返す。

「ま、この年まで生きるとねえ。死ぬまでの蓄えさえ何とかなれば何とかなるもんですよ」

「流石に今は略奪する事はないだろうが、街を燃やす事に躊躇はしない連中だろうから、気を付けてな」

 (ようや)く着の身着の儘で出てきたレイを見て、アレウスは馬を寄せる。

「アレウスの嘘吐き! 全然余裕なんて無かったじゃないか!」

 慌てて出て来た所為か、何となくちぐはぐな姿でレイは荷物を両手で胸の前に集めた儘アレウスを見上げる。

「それはすまなかった。だが、文句は“覇者”に云ってくれ」

 何とも言えない顔付きで、アレウスは大きく溜息を付いた。

 それから、一気にレイを片手で持ち上げ、黒影の背に乗せる。

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