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アレウス廻国記  作者: 高橋太郎
ラヒル強襲
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その12

「確かに、不可能ではない、のか? いや、しかし、それでもラヒルを落とす程ではあるまい。流石に三万もの軍勢で夜襲を掛けるなどと行った芸当は彼の“独眼竜”でも適わぬ筈。やり過ぎては釣り出しも儘なるまいに……」

 自説を捨てきれず、アレウスはある意味で自縄自縛の状態となり思考の迷路に嵌まっていった。

「アレウス様、悩むのも程々に為されませ。既に起きている事に目を向けるべきで御座いましょう」

 一刻も争う状況である事を嫌と言う程知り抜いている男は、アレウスに急ぎ行動に出るべきだと暗に進言を続けた。

「む、確かにその通りだ。悩むのは終わってからでも遅くはないが、動く前に頭を抑えられては何も為せぬ。さっさとレイを迎えに行くか」

 気を取り直したアレウスは急いで鎧を身に纏い始める。

「弓の方は黒影の鞍に箙と一緒に括り付けております」

 鎧の装着を甲斐甲斐しく手伝いながら、男は報告を続けた。

「何時もの弓か?」

「御意。三人張りの重藤弓で御座います」

「ま、あの方の五人張りには及ばぬが、良き強弓よ」

 弦の張り具合を確認し、数度弦打ちをする。「鏑矢は如何程用意した?」

「特に注文がなかったので数本……五本と云った処で御座います」

 箙の矢を確認しながら男は答えた。

「まあ、合図用と考えればそれだけで十分か。まあ、合図を出すかどうかは微妙な処だが」

 アレウスは装備の最終確認を取りながら、太刀を佩く。

 問題ないと判断し、その儘部屋を出る。

 宵の口を過ぎたばかりの時間の所為か、表の酒場の方には気配が多いものの宿屋の廊下で擦れ違う者は一人も居なかった。

 裏口に辿り着いた時、完全武装した黒影の手綱をニヤニヤ笑う豹が差し出してきた。

「お早いお着きで」

「全く、お前らは頼りになるのかならんのか分からん」

 大きな溜息を付きながら、アレウスは黒影の背に跨がる。「そうだ、今、ラヒルに居る兄上の手の者はお前らだけか?」

「詳細は云えませぬが、まあ、それなりには」

「それではな……」

 アレウスは豹に幾つか注文を出す。

「……遣って遣れない事は有りませんが……。それで殿の不興を買う事になるのは我らでは?」

 流石の豹も顔を顰め、アレウスに対価を出せと暗に求める。

「俺が死んだら不興を買うどころではあるまいに」

 思わずアレウスは吹き出した。

 アレウスが言う通り、彼の兄が結果的にであれ、彼が死ぬような状況に陥る事を見過ごした者に何の罰を与えない訳がない。間違いなく、死んでいた方が楽だったと思うような何かを与えるであろう。

 それが分かっているのに敢えて報酬を寄越せという図太い根性を持った者をアレウスは嫌いではなかった。今、アレウスが豹に与えた指示はそれだけの報酬を望んでも咎める者は居ない、その様な難事なのだ。寧ろ、アレウスの方からしてみても、只で黙々と行われた方が気持ちが悪いものであろう。古今東西、只ほど怖いものはないのだ。

「良かろう。迷宮都市に無事到着した暁には、俺が迷宮より見出した装具の内、お前が欲しいと思うものをくれてやろう」

「真で?!」

 それまでの演技を忘れ、思わず豹は素で返事をしてしまった。

 豹の反応も当然の事である。

 (かつ)てこの世界に存在したと言われる魔法文明期の生きた遺跡を迷宮(ダンジョン)と呼ぶ。迷宮から発掘される品は現代では再現不能な魔法が籠められていたり、今では遺失している材料や鉱物、生息地すら知られていない魔物(モンスター)が数多存在しており、それらを引き上げて売り捌くだけでも巨万の富を得る者もいた。

 中でもアーロンジュ江の中流と下流の境目当たりにあるタンブーロ湖に点在する島々に幾つもの迷宮が眠っている。その中でも最大の島に迷宮都市と呼ばれる街はある。この街の下には最大級の迷宮が埋もれており、今も尚最下層を目指して冒険者達が鎬を削り、富と栄誉を求めて潜っている。

 アレウスはその中でも屈指の冒険者であった。未だに彼らの徒党が記録した現状確認されている最下層は更新されておらず、アレウスが徒党の解散を決めた時には迷宮都市のあらゆる組織から引き留める声が後を絶たなかったと言う。

 それもその筈、迷宮都市の地下より引き上げられる富は他の迷宮と比べても希少価値の高い莫大な価値を有するものばかりであり、中でもアレウス達が引き上げていたものは他の誰もが調達出来なかったものであった。その価値もものによっては天文学的な数字を叩き出していた。その分、彼らが使う装備も怖ろしく金が掛かっていたが、潜れば潜るほどそれを上回る儲けを叩き出しており、迷宮都市もその恩恵を十二分に受けていたのだ。彼らの全滅が近隣諸勢力の陰謀ではないかと真面目に都市議会で話し合われる程度には。

 アレウスは、迷宮で見つけたものの内、自分で使えないものは仲間に譲ったり、売り捌いたりしていたが、彼の目に止まった武具や防具は収集して自分のものとしていた。迷宮都市を立つ時にそれなりの量を処分していたが、今でも彼が所有しているものは一振りで並の田舎貴族の名跡を買収出来る価値があるものばかりであった。

 その何れか一つを譲るというのだから、目の色が変わっても仕方の無いものと言えた。

「二言はない」

「有り難き幸せ」

 平伏する勢いで豹は頭を下げた。

「然れど、俺が褒美を渡すのは、豹、お前に対してだ。お前が部下を使ったり、同僚を使ったりした際の報奨もその内に含まれているものと考えよ」

「……は?」

 頭の上から振ってきた台詞を聞き、豹は思わずアレウスを見返した。

「当然であろうが。それを払っても十二分に釣りが来る品ぞ。何で俺がそれ以上を払う必要がある?」

 態とらしく大きな溜息を付いた後、これまでの仕返しとばかりにアレウスはニヤニヤと笑って見せた。

「いえ、その、云われる通りではありますが……」

「何、お前が自分で使いたいと思ったのならば、己の貯蓄を切り崩して報酬を用意すれば良いだけの話。兄上からそれだけのものを貰っておろう? まあ、報酬分の仕事は為せよ」

 高笑いをしながら、アレウスは黒影の腹を蹴る。

 黒影は一啼きすると、アレウスが指示する方向へと駆け出した。

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