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アレウス廻国記  作者: 高橋太郎
虎豹騎
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その2

 二股の分かれ道に到達したアレウスは悩む事無く本来の目的地に通じる道を無視して、隣邑(となりざと)へと向かう道に入った。

「こっちは大丈夫なのかい?」

 レイの問い掛けに、

「いや、まだ駄目だ。多分、この森で完全に視線が断ち切れる辺りまで行けば安全圏ではないか、と思うのだが……行ってみなければ分からんな。まあ、確実な死を感じはしないから、明らかにそちらよりはマシだ」

 と、歩みを止めずに答える。

「後ろから何か来るなら、誰かにここで隠れて見張って貰っていた方が良いんじゃない?」

 先程依頼人相手に提案した内容を再び相棒に提案する。

「君がさっき主張した通りにかね」

 アレウスは左右を見渡してから、「隠れるならばこの木立の奥、少なくとも街道から直ぐに立ち入れない辺りまでは引いておくべきだろうな。あと、視線の高さにも気を付けるべきだろう。この迫り来る速さを考えれば“(かち)”であるとは思えない」と、注文を付けた。

「今のことを総合的に(かんが)みて、誰か志願者居る?」

 敢えて周りに聞こえる声で話し合っていた事を利用し、レイはそのまま周りに問い掛けてみた。

「それでは、あっしがもう少し入り込んだところの木に登りやす」

「じゃあ、俺がその下で控えておくわ」

 二人と付き合いの長い傭兵達が自分達の荷物を二人に渡してから、森へと入り込む。

「まあ、待て。どこで合流するかぐらいは決めておこう」

 荷物を受け取りながら、アレウスは思わず苦笑した。

「この先に丁度休むのに向いた場所がある。好都合なことにそっちの街道からは森を(へだ)てて見通せない位置だ。まあ、流石に火を焚いたら居場所に気が付かれると思うが」

 土地勘のある傭兵が直ぐさまに助言を飛ばす。

「差し迫る死が遠ければ、そこで小休憩するとしよう。危険そうならば、無理をしてでも進み続ける」

「そんなにやばいのか?」

 アレウスと付き合いの長い傭兵が真剣な面持ちで尋ねる。「俺としてはあの雇い主の胡散(うさん)臭さに耐えられなくなった口実に見えたんだが?」

「商人はあの程度が良いよ。なまじ腹の奥で何を考えているか分からない(やから)よりはよっぽど良い。……まあ、貴殿だから云うが、初陣の時に感じた以来の嫌な感じだよ」

 付き合いが長い分アレウスも易い態度で応じる。

「……初陣って、噂の陣場借り、か? 俺は直接見ていないから知らないが、あの、噂の?」

 (おそ)れを含んだ目つきで男はアレウスを仰ぎ見る。

「ま、貴殿との付き合いはそれなりだが、かの“迷宮都市”に俺が居着く前辺りからの付き合いだったか」

 アレウスは傭兵をちらりと見ると、「俺の初陣を直接知っている傭兵仲間は大抵討ち死にしているからな。噂の独り歩きが酷くなっていることは否定出来ないが、火のない処に煙は立たないのもまた事実。大っぴらに云えぬ事もあるよ」と、問いに直接答えずににやりと笑って見せた。

「カペー戦役の最序盤の出来事だからなあ、アレ。人中の──」

「今一度繰り返すが、それに関しては関係していないとしか俺は云えないのだがな」

 苦笑しながら昔なじみの男に言葉を制するかの様に右手を振ってみせる。「勝手に関連性があると紐付けることは構わんが、俺は遣っていないとしか云いようが無い。何せ、未だにあの件を根に持って真相を追いかけている連中が居るのだからな。完全な濡れ衣とまでは云わぬが、確証もなく言い掛かりで襲われるのは気分の良いモノではないぞ?」

「違いない。俺達傭兵は純粋な名声よりも噂で畏れられる程度が丁度良いからな。名は時として下らん実まで付いてくる。実は実でも金のなる木なら歓迎なんだがね」

「相変わらず貴殿は上手い事を云う。正に正に」

 くつくつと笑いながら、朋輩に纏まった話を伝えに行く男をアレウスは見送った。

「間に合いそうなのかい?」

 思ったよりは余裕のある態度を示しているアレウスにレイは些か疑問を覚えた。

「まあ、これが幾つかの商会が寄り合って出来た大きな隊商だったら無理だったが、個人商会が数十人を雇い入れてある種の確実性よりも速さを求めた編成。只まあ……個人商会の隊商如きで数十人って時点で怪しむべきだった。(ろく)でもないモノを確実に運びたがっている。それも、如何なる手段を用いてでも奪い取ろうとしている相手が存在する、そんな極めつけの危険な代物(しろもの)だよ」

 終わりの方を辺りを(うかが)うかの様な小声で締めながら、アレウスは毒突いた。

「偶に思うけど、アレウスってどこまでも深読みするよね」

 呆れた顔付きでレイはアレウスを見詰める。

「何、上の兄の受け売りだよ。あの人なら、まあ、そうだな……。話を聞いた時点で大体のことを予測し当てて、その上で結果を知るために雇われただろうなあ。まだまだ俺は修行不足ってこった」

 険しい顔付きで肩を竦め、アレウスは大きく溜息を付いた。

「どんなお兄さんなんだよ、それ」

 思わずレイは真顔でアレウスを見た。

「俺が知り得る限り当世随一の英傑だろうよ。ま、世評の云うところの“覇者”殿は中原の大将軍、我が親愛なる兄上は田舎貴族の長男でしかないんだ。誰が知ろうぞ、(ひな)の臥竜を、てな」

「やっぱりアレウスは学もあるし、礼儀作法にも通じているし……只者ではないよね?」

「それが分かる時点で自分の出自を半分明かしているようなモノだな、レイ」

 くつくつと笑いながら、アレウスは首の後ろ辺りを右手でぺたぺたとさわり、「もう一急ぎしよう。それなりに遠ざかったが、まだ捕まる可能性がある。様子見に残った連中が捕捉されなければ云うこと無しなのだがな」と、足を緩めずに先を急いだ。

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