その10
一方の“覇者”の方も廻国修行中に嫌と言う程アレウスはその力を見せつけられてきた。
中原王朝内での己の立場を確立する為に中央に反抗的な諸侯を討伐し、王朝内の政敵を態と隙を見せて釣り上げ纏めて排除、政も堅実であり着実に成果を積み上げていた。御陰で中原王朝の勢力圏内は隙がなく、廻国修行の旅も傭兵がてらでなければ上手く運べなかった。最初から入り込めない“帝国”を考えなければ、尤も隙のない国と言えた。
そして、アレウス如きが理解出来る内容をあのファーロスが理解していない訳がないのである。
(誘いである事は確実。当世の兵聖と呼ばれる“覇者”殿がファーロスの填め手を見過ごす訳もない。であるならば、ファーロスの狙いを逸らす為にも“覇者”殿の目的は早期のソーンラント制圧とみるべきか? そこに件の商人や俺が絡むとするならば……)
愛刀を鞘に収め、アレウスは窓辺まで近寄り、ネカムの方を見る。
今のところ変化は見られず、アレウスはその儘椅子に座る。
豹を含めた兄の密偵が何も掴んでいない以上、アレウスが調べたところで何か出てくる可能性は低い。だとするならば、アレウスに出来る事は事が起きた際に最速で最良と思われる行動を取れる体制を作り出す事である。
一番簡単な手はレイを見捨てる事だが、これはアレウスの矜恃が許さない。
次に簡単な手は廻国修行を諦めて兄の元に帰る事である。帰る事自体はアレウスも問題としないのだが、折角兄が父を説得してまで手に入れた自由をむざむざと捨てるのも勿体ない。
己の趣味と矜恃を守りつつ、実家の実益にもなる行動となれば一つ、予定通りバラーに抜け出す事である。
(俺の理想としてはダッハールが商人の方に向かう事だが、まあ、あのダッハールだからなあ)
“大徳”に雇われてスコント王国に滞在していた時も戦場でならば兎も角、後方に居ようが場合によっては王宮に居ようとも命を付け狙われた記憶が蘇る。
彼が兄の指示よりも早くジニョール河を渡ってカペーからカカナンに移動した大きな理由はなんやかんやで恩義のあった“大徳”に迷惑を掛けぬ為でもあった。それ程ダッハールの行動は常識外れであったのだ。
(ダッハールの俺への執着、執念を計算しての策ならば、狙いは間違いなく俺であろう。問題は、本当に俺を狙うだけの為にたった一回しか使えない手を惜しげもなく使うか、という点だな)
如何にファーロス一門が居らず、平和惚けしているラヒルと言えど、城門を内側から開けられると言った最悪の工作を行われた場合、当然の様に二度と引き起こさせない対策を練られる筈である。どうせそれを行うならば、城攻めの最中に行った方が増しというものだが、完全武装の守兵が居る中で門を開け放つなどと言う荒技を只の密偵達で戦時に行うとなれば多大な犠牲を出す事だろう。
そう考えれば、警戒が薄い状況下の僅かな奇襲でそれを実行する事自体には利があると言える。問題は、その成果をどこまで上げる策を用意出来るか、であろう。
(問題はその相手というのがあの“覇者”殿という一点。……なんで、“覇者”殿を避ける為に本拠を置いたラヒルでこんな悩みを持つのやら……)
アレウスは内心で頭を抱えながらも思考を止めずに手元の湯飲みに視線を向ける。
与えられた情報から最善の方策を考える。怖ろしく用意周到な長兄を見て育ったアレウスにとってそれは習い性となっていた。逆を言えば、それが出来ない状況に陥っていると変に落ち着かなくなる。だからこそ、家から飛び出し、アレウスは廻国修行を選んだのだ。只頓剣技を磨く為だけに、家の煩わしいことを捨て去ったのである。
(それでも柵は消え去る訳ではないからな……)
一つ大きく溜息を付いてから、アレウスは再び“覇者”狙いに思いを馳せる。
結局の処、“覇者”がやりたいことが見えているからアレウスは現実逃避をしたくなるのだ。野戦によるソーンラントの戦力漸減計画、ファーロス一門が居ない間に詰みまで持って行く事である。
ファーロス一門に率いられたソーンラント全軍と野戦をすれば如何に“覇者”と言えど想像以上、寧ろ最悪の打撃を受ける可能性が生じる。勝てたとしても、次に繋がらないどころか、“帝国”の侵攻を誘発する様な真似だけは避けたい筈である。故に導き出せる答えは野戦誘導した上での速戦である。援軍が来る前に勝負を決め、出来得る事ならば、ラヒルも落とす。
それが意味するところは何か、結局はそこに集約される。
(どう考えても、挑発行為をする事で敵軍を誘き出す事が目的なんだよなあ。ソーンラント軍が外に居るのならば、態と負けるという手もあるが、城に籠もっている。ならば、出ざるを得ない状況に導けば良い……)
今の処、彼が見る限りソーンラントの民は慌てていない。まだ相手を押し返せると信じているのである。ファーロス一門への信頼は揺るぎないものなのだ。
従って、ファーロス一門が援軍に来るまでラヒルで籠城している限り、民の心は折れないものと思って良い。民の心が折れない限り、どんなに“覇者”が占領地を慰撫した処で本当の意味での統治から掛け離れたものとなる。それどころか、ソーンラントの工作次第では反乱が頻発し後方を扼する事も覚束無くなる。
付け加えれば士気が高い以上、相手から折れてくる事はないので此の儘では長期戦への備えを求められる事になる。長期戦を避ける為に民の心を折るのであれば、一番手っ取り早いのは心の拠り所であるファーロス一門に決戦を挑んで降す事だが、それは論外であった。それが出来るのであれば、最初からファーロス一門相手に戦端を開いたとアレウスは考えていた。
(理想はファーロス一門と戦う前から勝った状態にしている事。分かり易く首都を落とすのも良いし、ファーロス一門以外の戦力を叩き潰しておく事でも達成出来る。……矢張り、城下の焼き討ち、か)
“覇者”からすれば、只単に商人かアレウスを攫う為だけにラヒルの城下を襲撃させた場合、自分の手の内をある意味で無意味に曝す事になる。縦しんば、狙いが気が付かれなかったとしても伏せておいた密偵の無駄遣いになる以上、どう考えても最大限の成果を狙うのは当然の流れと言えた。その上、上手く行けば本当の狙いが焼き討ちの方だと誰しもが考える。ならば、やらない方がどうにかしている。




