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アレウス廻国記  作者: 高橋太郎
ラヒル強襲
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その7

「おや、心当たりがおありの様で?」

 明らかに知っていながら知らない振りをしている、そんなバレバレの様子で男はアレウスを笑顔で見る。

「そら、カペーにいる間ずっと付け狙われていた相手の名前を忘れるものかよ」

 男に対しアレウスは毒突いた。

 それを見て楽しくて楽しくて仕方ないといった顔付きを浮かべ、

「おやまあ。それではこの話は値千金でっしゃろな~」

 と、意味深に笑う。

「……何がだ?」

 聞きたくは無いが聞かないと更に状況が悪化する、そんな予感を抱きながらアレウスは男に聞き返した。

「ネカムが落ちた直後にルガナ攻略に従軍していたダッハールの姿が消えたそうで」

「……おい、(レオパルド)。思わせぶりな話は止めろ。兄上からの指示か?」

 こちらを試すかの様な物言いに遂にアレウスの堪忍袋の緒が切れた。

「とんでもない。殿にアレウス様を悩ませたなどという報告をしたらあたしの首が危うい」

 ピシャピシャと首を叩きながら、剽軽(ひょうきん)な声色で男は答えた。

「どうだか。お前さんと(ガット)だけはどうにもその辺信用ならん。それで、狙いは間違いなく俺なのか?」

 心中に生じるイライラとした気分を飲み込みながら、至極冷静な口調でアレウスは最重要な問題に踏み込んだ。

「件の商人は今日中にハイランドへと御案内ですわ。こっちも大盤振る舞いで(ドラゴ)(セルペンテ)(オーロ)(アルジェンテ)(ランチア)まで投入確定ですわな」

「兄上は、あの商人こそ今回のキモと見立てたのか?」

 驚きを隠し得ない表情でアレウスは思わず豹を見た。豹が挙げた名はアレウスが知る限り彼の兄が使っている密偵の中でも強引な策を行う時に用いられる腕利きの者達であった。

「さあ? 殿のお考えを読めるようでしたらこの様なお役目になどついとりませんやろ」

 再び態とらしい洛中(ヴォーガ)言葉で豹ははぐらかすかの様に笑った。

「韜晦は良い。お前の考えで良いから聞かせろ」

 波立つ心を無理矢理抑えた無表情でアレウスは直截な答えを求めた。

「あたしの考えなんざ、アレウス様はお見通しで御座いましょうに」

 豹は心からそう思っている事を素直に口にした。

「実際に聞かねば細かい処まで分かると思うのか? 兄上ではあるまい」

「まー、そうでっしゃろな~」

 男は戯けた儘で、「あの時点で“覇者”の陣営はアレウス様の事に気が付いていない様ですし、どう考えてもあの商人に何かあると考えるのが至って常識的な結論かと」と、答えた。

「あの時点では?」

 豹の台詞のふとした表現が気になり、アレウスは思わず口にする。

「ええ、あの時点では」

 豹はアレウスの言葉を鸚鵡返しに返す。

「今は?」

 その言葉の影に隠れている意味をアレウスは見逃していなかった。そうでもなければ態々あの時点等という言葉を使う筈も無いと直感が囁いてきたのである。

「……ダッハール隊、既にラヒル近郊に伏せている模様」

 辺りを(はばか)るかの様な声で豹はこればかりは巫山戯た様子もなく素直に報告した。

「一寸早過ぎないか?」

 流石のアレウスもそこまでは想像していなかったらしく、顔色に動揺が現れる。「如何に連中が突騎であろうともルガナからここら辺までこの短期間で駆け付けられる訳ないだろうが」

「輜重隊を付けずに手弁当だけでやって来たみたいですな。あと、ラヒルの中に攪乱用の密偵が入り込んでいるのは確実で、連中、最近それとなく集まっていた模様です。時期的にはアレウス様が宿に入る前後で、ですが」

「……狙いは、俺、か?」

 どう考えても密やかにラヒルの門を開き、何らかの目的で街中を襲撃するとしか思えない状況証拠にアレウスは戦慄を抱く。死の予感は感じないが、何とも言えない居心地の悪さは街に入ってからずっと感じていた。カチリと状況と答えが噛み合った、そんな感触を覚えたのだ。

「確証はありませんが、恐らくは」

「クソ、とんでもない手を使いやがる。片道在れば良いだけの兵糧で速攻掛けてくるか。件の商人相手ならば他にも遣り様があるだろうしな。同じ手を使ってでも仕掛けてくるとなれば……俺の素性に気が付いた、か?」

 件の商人よりも自分の方に“覇者”の視線が移ったと確信した以上、アレウスの頭はそれから逃れる為に何故自分が狙われるかを先ず推測し始めた。どこまで“覇者”が犠牲を払うのを厭わないのかを理解しない限り、逃げるにしてもどこまで逃げれば良いのか決める事が出来ない。

 ある意味でアレウスは彼の兄の影響を強く受けていた。先ず相手を知る事を優先するのである。情報無しで挑む事を無謀と強く戒める癖があった。

「調べようと思えばアレウス様の素性は簡単に割れますからな。只、今回はそうではないものかと思いますがね」

 長考に入りそうなアレウスに対し、豹は助け船を出す。

「根拠は?」

「例の件はルガナの傭兵ギルドで請け負った仕事でしたよね? ルガナの傭兵ギルドに照会が入ったとは思えませぬから、ミールに商人が逃げたという情報と傭兵の何者かが急遽道を変えさせたという噂程度の話から“覇者”の興味を引いたと見た方が良いのでは? それに、傭兵組合の方から手繰られているのならば、こちらの情報網にいの一番に入り込みます。あの組合は大殿を敵に回す様な真似を致しますまい?」

 豹は自分の手持ちの情報から一番確率の高そうな推測を提示して見せた。

 アレウスも一理あると感じたのか、

「……ならば何らかの理由から俺が“覇者”殿の人材収集欲に引っ掛かったと? まさか、高が傭兵の直感如きにか?」

 と、困惑を見せる。

 アレウスが豹の推測を受け入れたのはそう難しい話ではない。

 彼の実家が傭兵組合に対し強い影響を持っているのは間違いなく、一番の得意先であり出資者でもある彼の父親に対し堂々と裏切る事はないと確信しているからである。今、傭兵組合の名声が保たれているのもある意味で彼の父親が最大の功労者であり、彼の父親の支持がなくなった途端にその名声が地に落ちかねないのは紛う事無い事実なのである。

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