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アレウス廻国記  作者: 高橋太郎
ラヒル強襲
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その6

「分かった。急いで荷物纏めてくる!」

 レイは慌てて腰を浮かせようとするが、

「まあ、待て」

 と、アレウスに制された。

「何?」

「宿の荷物からにしなさい。あと、色街行く時は得物と最低限の防具を服の下に着込んでおく様に」

 驚くほど真剣な顔付きでアレウスはレイに忠告した。

「流石にそれは無粋じゃないかなあ」

 その様なアレウスの態度にレイは困惑する。

 如何にアレウスが色街にも行かずに剣の道に没頭する求道者と言えど、粋を知らない男ではない。そんな彼が無粋な真似をしろとはっきり指示した事に違和感を覚えたのだ。

「既に戦時ぞ? 耳聡い傭兵もかなり入り込んできていよう。そして、本番まで色街で遊び呆ける連中が増えれば、色街の治安も悪くなる。行き付けの店に用心棒を買って出れば喜んで受け入れて貰えよう。お前は信用されていようからな」

「あー、確かに。然う云う事ならそうしてみるかな」

 アレウスの読みを聞き、得心したレイは提案を受け入れる姿勢を示した。

「それが良い。実際に“覇者”の軍勢が来たらそのまま逃げられるからな。店の方も、その時は逃げだした方が有り難いだろう」

「まあ、あっちが変な勘違いして流連を立て籠もりとして扱ったら困るものね」

 想像し得る最悪を何となく頭に浮かべ、レイは大きく頷いた。

「然う云う事だ。まあ、これまで世話になっていた礼も兼ねているのだろう? さっさと部屋を整理して出掛けるのだな」

「そうする」

 レイは素直に頷き、そのまま部屋に向かう。

「俺は公衆浴場でとりあえず一っ風呂浴びてくる。その後は組合に寄って帰るから入れ違いになると思うが、部屋の戸締まりだけは気を付けてくれ」

「はーい」

 返事だけ後に残し、レイは部屋へと消えていった。

 アレウスも特には気にせず、部屋へと風呂の準備をする。


 神ならざらぬアレウスが全てを見通す事など不可能と言えど、現在が最悪の事態よりも尚状況が悪く、それが過去の己の行いを原点とするものと言う事などどうやって知る事が出来ようか。

 しかしながら、アレウスにとっての僥倖は彼を陰に日向に見守っている者が身内に居たと言う事である。



「良い湯だなー」

 太平楽とばかりに湯船に浸かり、アレウスは御機嫌な様子を示す。

 基本、ソーンラントで風呂と言えば貴人達が好む蒸し風呂であった。密閉された空間、釜にくべる薪代、蒸気にする水など一般の民衆が個人で持つには金も労力も掛かりすぎた。

 ソーンラントが拡張する中、“江の民”や“山の民”と交わっていく中、互いの衛生観念の違いが無用な争いを生みかねない、そんな状況になるのはある意味で必然であった。そこで、人間の城邑に彼らが踏み込む時は身を清めてから入城すると言う不文律がいつの間にか生まれていた。ソーンラントに於ける公衆浴場の始まりである。

 最初は水浴びが出来るだけの施設であったのだが、いつの間にやら湯船が出来、気が付けばソーンラントに住まう者にとって公衆浴場はなくてはならぬ生活の一部となっていたのだ。

 “江の民”や“山の民”と袂を分かった今でもその風習は続いているのはある意味で皮肉とも言えた。

「御機嫌でんなー、旦那」

 何時の間にやらアレウスの隣で中肉中背の目立たぬ男がニコニコと笑っていた。

「そうでもない」

 アレウスも慣れたもので男の事を最初から居たかの様に扱う。

「てっきりもうこの街を出たものかと思っておりましたわ」

「ほぅ」

 男の台詞を興味深そうにアレウスは聞く。「何故そう思った?」

「旦那なら籠城で時間を潰されるの嫌うと思っとりましたもんでしてね」

 何気ない調子で男は聞き捨てならない台詞を吐く。

「相変わらず耳が早いな」

 アレウスは男がそれを知っている事を当然のものと受け取り、「他には?」と、促した。

「まあ、御上は隠そう隠そうとしている様ですが、商人の中には既にネカムの話やら傭兵組合の話やらで天手古舞いですなあ。まあ、ここらの大店は大抵バラーにそれなりのものを置いているもんですさかいそこまで慌てとる粗忽モンは少ない様でんな」

「今更商品をそっちに運ぶ間抜けは少ないか」

 場合によっては隊商の護衛に入り込んでバラーまで移動する事も想定していたアレウスからしてみるとそれなりの悲報であった。

「ま、期待しとらんかったんなら痛くも痒くもありまへんやろ。ところであんはん、偉く怨まれてますなー」

「この世界に居ればそれなりにな」

 その事をさして気にしていないとばかりにアレウスは頭に乗せていた手ぬぐいで顔を拭う。

「人中のリチャード・マルケズ」

「?!」

 ぽつりと呟いた商人の台詞に一瞬だけアレウスは表情を歪めた。

「彼の御仁の部下の内、流れ流れて“覇者”の下に付いた者が居りますやろ?」

「……いや、それは初耳だ」

 口元に手をやりながらアレウスは小声で囁く。「真か?」

「ルガナ攻めの直前にロンテーモ州に流れてきて匪賊と化していた一派の一つが“覇者”殿に降りましてな。確か、頭目の名前はジャマー・ダッハールとか云いましたかいな」

「選りに選って奴かよ」

 思わずアレウスは天井を仰ぎ見た。

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