その5
「まあ、なんだ。お前と組む前に一度迷宮都市で迷宮に挑んでいた話はした、な?」
「確か聞いた記憶がある様な、無い様な?」
アレウスの煮え切らない態度にレイは内心で首を捻りながら記憶を反芻してみる。
「その時に組んでいた徒党は不慮の事故で全滅してな。俺以外で生き残りが一人、蘇れたのが二人、完全に旅立ってしまった者が二人なんだが……。生きのこれた一人ですら酷い心の傷を背負ってしまってな。どう足掻いても徒党を組み直せそうにないから一度解散して、機を見てから又組もうと約束していたのだが……。挑み直すにはまだ間が空いていないかなあ、と愚考する次第でなあ」
「ああ、うんうん。聞いてた聞いてた。確か、誰よりも深いところまで乗り込んでいて、吃驚するぐらい儲けたものだから慎重論のアレウスの言葉が軽んじられる様になったんだっけ?」
「正にそれだ」
深い悔恨の念を感じさせる響きで、「あの時俺が徒党を抜けるとまで強く出ていれば違っただろうになあ」と、溜息を付いた。
「アレウスにしては珍しい」
レイは正直なところをそのまま言った。
「そうか?」
「うん。だって、アレウスって失敗しようが人死にが出ようが結果は結果として受け止め、次に同じことをしない様に教訓とするだけでぐだぐだと悩んだりしないもの。そんなに後悔している様は珍しいと思うけどね」
「……まあ、そう見えるか」
大きく息を付いてから、「己の命令で殺した者は流石に後に引く様な事はない様に育てられてきたからな。各々が自分の自己判断で皆が行動する状況下で、己だけが正しい判断をし、それを人に忠告しても受け入れて貰えない場面での死は又別でなあ。もっと上手く説得出来ていたらとか思い出す度に考えてしまう。雇われている時は己が判断する場面ではないから矢張り気にしないのだが、同格の同志や仲間の死はそこまで割り切れないものだなあ」と、アレウスは乱暴に茶を呷った。
「ああ、そうか。だから、僕のことを気に掛けているのか」
「そりゃお前、五分の相棒だろう、俺らは。少なくとも俺はそう思っているぞ? 何かこうしたいと思う事があるのならば何時でも云って貰って結構だ。ちゃんとその意見を聞き入れる用意はあるぞ?」
お前は何を今更言い出しているんだと言いたげな表情でアレウスはレイを真っ直ぐ見た。
「ま、僕の方余り自己主張していないだけだからねえ。アレウスの考えの方が安全だと分かっているし」
レイは静かに首を横に振る。「ああ、強いて云えば、ラヒルには何時まで居る予定?」
「俺が一人なら明日にでも進発したい」
アレウスは間髪入れずに本音を言った。
「もう一日ぐらいは居られない? こう、色々と準備が……」
取り付く島も無い返事にレイはしどろもどろになって何かを訴えようとする。
アレウスは不思議な生き物を見る目でレイを眺め、
「……色街の方の用件かね?」
と、答えに行き着いた。
「ン、まあ。そんなところ」
「俺もこの後展開の自信はないのだ……」
アレウスは再び外に視線をやり、「一般常識からの推論で良いのならば、ラヒルに今いる軍勢及び近隣から直ぐに集められる諸侯を呼び付けネカム方面に兵を出すとしても良くて一週間、悪ければ一ヶ月以上掛かる。ソーンラント陣営が戦争準備に完了する時間は“覇者”に比べるとお話にならない状況だろう。ただし、ルガナを救援する気が本気であった場合は既に軍勢集結命令が出ているはずだから、それを転用出来る。この場合は本来援軍を出兵する予定日そのままが出陣可能な日取りとなる。ソーンラント側が仕掛けるとしたら現状一ヶ月程度は掛かるだろうな」と、自分なりの推測を開陳した。
「成程。結構余裕はあると見ているの?」
「戦は相手が会って成立するもの。逆を云えば、こちらの都合など相手からすればお構いなしだと云うことだ」
楽観的な顔付きのレイにアレウスは真剣な眼差しで首を横に振った。
「えっと……“覇者”が明日にでも来ると?」
「正に、正に」
我が意を得たりとばかりにアレウスは膝で手を打つ。「お前もネカムでの一件はこの目で見たであろう。“覇者”は勝算があるのならば思いきった一手を平然と打ってくる。ファーロス一門が居るのならば兎も角、今のラヒルに手を出さない理由を俺は見出せん。故に早くて今日、遅くともソーンラントが出撃する準備が出来る前にラヒルを包囲する未来しか見えぬのだよ」
「それで明日にでも出発か。そうか、それなら納得出来るなあ」
アレウスの読みを聞き、レイは深く納得する。それだけ先の“覇者”の行動はレイの度肝を抜いていた。
「まあ、お前がどうしても二日要るというのならば明後日でも仕方ないとは思うがね」
アレウスの提案を受けて、レイは真剣な顔付きで何か計算する態度を示し、
「……どう頑張っても荷物を纏めるのに一日半かかる……」
と、机に突っ伏した。
「明後日の朝一か……。まあ、無難な線ではないかな」
些か渋い表情ながらも、アレウスは右手を首の後ろにやりながら同意して見せた。
「微妙かい?」
アレウスの仕草を気にしながらレイは尋ねる。
「……まあ、今回みたいに完全に死ぬなという時以外首の後ろは反応しないから、どう転んでも死にはせんよ。……只まあ、判断を失敗すれば不自由な生活を強いられるだけだと思うが」
最後の一言は聞こえるか聞こえないか程度の声色でアレウスはぽつりと呟いた。




