その4
「あそこら一帯を“大徳”が治めていれば暫くはその様なことは起こるまい。彼の方は人種の違いで区別などせぬ。只純粋に能力のみで区別をするある意味で尤も怖ろしい君主なのだからな」
偉く真剣な顔付きでアレウスは言い切った。
「どうして怖ろしいの?」
不思議そうな顔付きでレイはアレウスを見る。「能力のみで評価してくれるならこれ以上ない主君じゃないの?」
「逆を云えばな、使えぬ者は切り捨てると云うことなのだよ。自分の代わりになる者が現れたら条件次第で捨てられる。能力がある者にとっては天国であろうが、なかったりなくなった者にとってはどうであろうな」
飲み干した茶碗の縁に指を這わせながら、アレウスは微妙な顔付きで一つ息を付いた。
「流石に功労者は何らかの配慮が為されるでしょう?」
アレウスの態度に不審なものを抱きながらも、レイは恐る恐る尋ねた。
「人情はある方だからな。それ相応の何かは授かるだろうさ。だがな、自分がまだまだ働きたいと思っていても、ある日突然仕事を奪われ今日からはゆっくり身を労れと云われると想像して見ろ。これがどれだけ残酷なことか分からないでもあるまい。まあ、それだけ配下を見ていると云うことでもあるが、“大徳”の二つ名を持っていながらもあっさりとその決断をする人物鑑定眼がどれほどのものかは理解しておくべきだろう。……只まあ、人を使う者としての優しさの一つではあるとは思うがね」
複雑な表情の儘、アレウスは最後に一言付け加えて押し黙る。
気分転換がてら立ち上がり、湯を急須に入れ直し、再び抽出されるのを待つ。
「随分と詳しいね?」
茶を淹れ直して貰いながら、レイは不思議そうにアレウスを見た。
「まあ、一応面識があるからな、彼の方々とは。人の評判、自分から見た印象、成し遂げた業績などを比べれば見えてくるものもある」
「面識があるって云うと、雇われていたの?」
さらりと重要な情報を漏らしたアレウスに、レイは一番可能性が高そうな事柄を挙げてみた。
「一応最終的にはそうなるか」
アレウスは考え込みながら、「初戦と都が落ちるまでは適当に陣場借りしていた。その後、その情報を持って“大将軍”に伝えて、“大徳”にもその情報を売りに行ったのが縁だな。それからスコントとクーヴルの同盟がなるまでは“大徳”に雇われていたぞ? 御陰で“策士”ともそれなりに面識がある。その後は、“大徳”の勝利という先が見えたからそこで別れたがな」と、言ってから茶を飲んだ。
「それって間違いなくそのまま居れば仕官出来たよね?」
レイは誰しもがアレウスの発言を聞いたら持つだろう疑問を口にした。
「別に家を追い出されて武者修行の旅に出た訳でもないから流石に仕官はなあ。悪くない主だとは思うが、身内の贔屓目を差っ引いても上の兄上の方の器が上だからな。仕える理由がない」
アレウスは仕官を望んでいる浪人や傭兵が聞いたら激昂しそうな台詞を平然と言い放った。宿屋の部屋とは言え、誰が聞いているか分からない場で辺りを憚らずに言いきる辺りアレウスの感覚は浮き世離れしていると言われても仕方のない態度である。
その様なアレウスの態度を一切気にせず、
「そこまでアレウスがべた褒めするお兄さんに会ってみたいよ」
と、レイは思うが儘に感想を述べる。
ある意味でこの二人は似たもの同士であり、己の能力を頼み乱世に野望を抱いて漕ぎ入れる英傑とは一線を画しているとも言えた。
「此の儘俺と旅していれば何れは会う機会も来るさ。それで、どうする?」
「僕の命はアレウスに懸けているから、アレウスが決めてくれよ。僕はそれに従うよ」
アレウスの端的な問いの内容を即座に理解し、レイは正しく答えを述べる。
「そうだな……。ソーンラントと心中する趣味はないからラヒルに残るという選択肢は先ずない。ここから出るとするならば南に“覇者”が出張っている以上他の三方。ハイランドに行くつもりは無いから西はない。残るは北か東だが……。東はファーロス一門が居るからやはり戦乱、北に出てから……そうだな、一度迷宮都市に戻るかな?」
レイの答えを聞き、アレウスは頭の内に周辺の絵図面を描き、今後の行動案を練る。
「すると北のバラーに出てからアーロンジュ江を下るという感じ?」
打てば響くとばかりにアレウスの考えをレイは補足する。
「俺としてはそう考えているが……ただなあ、迷宮都市に戻るには時期尚早な気もするし……情勢を考えれば仕方がない、か」
アレウスにしては煮え切らない態度で首を捻り、手を額に当てて考え込む。
それなりに長い付き合いである以上、レイはアレウスの態度で内心をある程度推し量れた。只、アレウスがこの様な態度を示したことが未だ嘗てなかったのでどう反応して良いのか悩み、
「何か問題でも?」
と、当たり障りなく何気ない調子でレイはアレウスに尋ねた。




