その3
「まあ、君の奇妙変哲な御家族は良いとして、ソーンラントに籠城戦の名手って居るの?」
話が逸れそうになっているのに気が付いたレイは本題を探る。
現状の戦況の儘進めば、ラヒルの攻防戦は確実に起きる。その時、籠城に強い将がいるか居ないかで彼らの進退は決まる。これだけは確実に大概が同じ認識を持っていなければ拙い話であった。
「“覇者”殿の配下になら居ると聞いたことがあるぞ? 後は、カペーの“大徳”が配下に攻防自在の名将が居ると聞いたな。まあ、“帝国”にもそれに匹敵するバケモノがいるが……こちらは宰相と仲が微妙だからそうそう滅多に戦場で出会うことはないだろう。大戦にでもならない限りは」
アレウスは知り得る限りの現状を引っ繰り返せる将を数え上げた。ただ一つ問題があるとするならば、ソーンラントの将をあげていないという点であった。
「ん? “大徳”の配下の将軍は良く出てくるって事?」
レイにとっては聞き捨てならない言葉が耳に飛び込み、本題から逸れると分かっていても尋ね返せずには居られなかった。
「多分お前も知って居るぞ。今、ギョームを攻めているカペー地方の七十余りの城邑を陥落して廻った彼の“大将軍”だ」
何を今更聞いているのだと言った表情でアレウスは律儀に説明した。
「え、あの方って守勢得意だったの!?」
思わぬ情報にレイは驚きを隠し得なかった。
「何を云っているんだ。カペー動乱の最初期に国を陥落された際、南で勢力を墨守していたのは彼の“大将軍”様だぞ? その御陰で“大徳”は最低限の戦力を確保し、南のクーヴルとの盟を結ぶに至ったのだから、余程のものだな」
「戦力を保持して遊撃戦に徹していたものだと思っていたよ」
「ないない。それはないぞ、レイ。あれだけの兵力を養うには基盤が必要だ。現にスコント陥落後、北方で活動していた“大徳”の兵力は良くて数千と云った処だった。その程度の勢力ではクーヴルは動かなかっただろうよ。南で“大将軍”と合流して、何処からか流れてきた“策士”の献策により周辺勢力を糾合し、盟主としてカペーの七十余城を制圧した。これだけのことを成し遂げたのは少なくともスコント南部を抑えていたからだ。それがなければ今頃はヴォーガ留学中に縁のあった“覇者”の元にでも亡命していただろうさ」
「然う云う流れだったんだ」
アレウスの説明を聞き、レイは深く感銘を受けた。
「何で地元民のお前の方が知らないのかと聞きたい処なんだがね」
些か呆れた顔付きで、アレウスはレイを眺める。
「あの頃はまだ世情に興味持っていなかったし、アンプル山脈の麓の方に実家があった都合さ、どちらかと云うとアンプル山脈に住んでいる獣人や巨人の動向の方が死活問題だったから東の方はとんと詳しくないんだよ」
一瞬考える仕草を見せてから、
「……ああ、然う云う理由があるなら仕方ない」
と、アレウスは納得した。
「納得するんだ」
「アンプルの巨人や獣人は流石に有名だからな。国境でもない限り、あの山脈の麓の領主ならばそちらに気を使うだろうさ」
「何か含むところのある良い方だね?」
「人類至上主義は中原の宿痾だと今更再確認したところだ。あの阿呆な教えが流行っていなければ、無駄に争うこともなかっただろうにな」
「否定出来ないなあ」
吐き捨てるかの様なアレウスの現にレイは深々と溜息を付きながら同意した。
ジニョール河南岸に位置するカペーの西端には南北に縦断するアンプル山脈が聳えていた。山並みは険しく河沿いの北端と南端でぶつかる東西に走る他の山脈との間に出来た峡谷に山脈中央部にある山道ぐらいしか東西への連絡路がない天然の要害である。
但し、それは人間から見てであって、他の種族からすれば外敵が入り込まない快適な住み処となる。山脈を越えた先にある高原から逃げ込んできた獣人、昔から住み着いていた一部の巨人種当たりが有名である。
基本的にアンプル山脈に住まう他種族は中原に住まう人間と関わらぬ様に山を下りてくることはなかった。寧ろ、麓に住まう人間とは上手く生活圏を被らせぬ様に配慮しあい、お互いに足りないものを融通し合うなど上手く付き合っていた。
これが大きく崩れるのは件の人類至上主義の教えに浮かされた狂信者達が麓の住人の意思を無視して山狩りを始めたことに端を発する。寧ろ、反対した麓の住人ごと根絶やしにしようとしたため、本来麓に住んでいた人間達も山脈に逃げ込んだことで更に話がややこしくなったのだが、どちらにしろ結果は変わらない。本気になった獣人巨人連合が人間に襲いかかったのである。
逃げ込んできた人間達の知恵を借り、彼らはカペーを大いに荒らした。
最終的には人類至上主義者達の首を土産に人間側が大幅譲歩して和平が成立、スコントの森に一部の獣人達が移住し、和平の立役者であるスクォーレから流れてきた一人の英雄が王となった。これがスコント王国の成り立ちであり、後にスクォーレより流れてきた者達が立ち上げた中原王朝の兄とされる理由である。
しかしながら、これで全てが解決された訳ではなく、山脈に住まう者とカペーの平野に住まう者に出来た溝は以降埋まる事無く今日に至る。
そう、今でも人間が莫迦な真似をし、巨人や獣人の報復を受ける事が多々あるのである。
しかも、麓の人間以外の悪行で、麓の人間が無駄に犠牲を受ける構図は変わっていないという笑えない事実も続いていた。かつて己らの先祖がやらかした事の付けを今の子孫が受ける、正しく因果応報である。