その2
茶が丁度良く冷めてきた時分に、
「御免、待たせた?」
と、自分の部屋からレイが出てくる。
「何、丁度良い頃合いさ」
アレウスは笑い、手振りで茶を勧めると自分の分を啜る。
「なんかこう、臭いが、ね」
「戦場帰りを思い起こすのはいかんな」
椅子に座りながら愚痴るレイにアレウスは同感だとばかりに頷いて見せた。
「こんな時に合う香でもないものかな、全く。……んー、アレウスの入れる茶の香りは心落ち着くね。毎日こうなら良いのになあ」
「傭兵などと云う因果な商売でそうもいくまい」
思わず零れた本音に、アレウスは苦笑して見せた。
「まー、分かっているけどさー。それで、アレウス。これからどうするの?」
大きく一つ溜息を付いてから、気を取り直してレイは今後の展望を尋ねる。
「ふむ」
茶の香りを鼻で楽しみながらアレウスは視線を外にやる。
その視線の先には太平を謳歌するラヒルの目抜き通りが映っていた。
「俺が知り得る限り、これほど繁栄している街は中原広しと云えど片手の指で数えられるかどうか程度だろう。戦乱の世でありながら、これだけの民が太平を享受している、それだけでも大したものだ。ラヒルが前線から離れているとは云え、並大抵のことではない。ソーンラントの政は良いものだとこれだけでも俺は断言する。……だが、今は乱世だ」
「この光景も不朽のものではない……」
アレウスのぽつりとした呟きにハッとした表情をレイは浮かべた。
「正に正に。一手間違えれば、明日にでも火の海に沈む。噂話が正しければの話だが、バジリカの精兵がネカムに入ったそうだ。これで“覇者”の右腕ルシュア・ベルラインの元に彼の陣営の主力が揃ったことになる。“覇者”は本気でソーンラントを陥落しに来た」
淡々とした口調でアレウスは自分の得た情報を解析した結果を断言した。
「その割にはこの国は慌てていないよね?」
レイは不思議そうに窓の外の光景を眺める。
「その為のルガナだと思っていた訳だからな。まあ、その考え方に間違いはなかったのだが」
アレウスは茶を啜りながら、「思い切ってカーム方面から強襲してくるとは考えていなかったのだろうな」と、真剣な顔付きで呟く。
「なんで考えなかったのかな?」
「中原王朝王都であるヴォーガとルガナは目と鼻の先だ。ルガナにあれだけの精鋭が駐屯している以上、それを無視してネカムを攻めることは自ら包囲されに出てきたか後背を好き勝手に動かれるだけだからな。只の精鋭なら兎も角、帝国からソーンラントに亡命してきた南狄を含んだ突騎だ。俺ならルガナを放置することは御免蒙る」
レイの素朴な疑問にアレウスは淀む事無く自分の考えを開陳した。
「だから、“覇者”はルガナを攻めているのかな?」
「さて、どうだろうな?」
アレウスは些か考え込んでから、「既に話は付いているのかもしれん」と、ぽつりと呟いた。
「どういう事?」
「ソーンラントと“覇者”を天秤に掛けて、“覇者”を選んだのであろうよ。但し、ソーンラント主力を打ち破った暁には、と言ったところだろうか?」
アレウスは虚空に視線を揺蕩わせながら、己の心の内にある考えを纏めた。
「根拠は?」
「一つは俺達がルガナを出るまでそんな気配が一切なかったことだな。あそこに居る連中が“覇者”の動きに気が付かない筈が無い。俺達が出た後に突然包囲されたのだとすれば、どうにも不用心すぎた気がしてな。もう一つは“覇者”殿が己の片腕に主力を任せて居る事だな。“覇者”殿に直接降ったのならば、まあ、ルガナに篭もっている連中の顔も立つ。ファーロス一門でも居ない限り、“覇者”殿が自ら出陣する必要もあるまい。一段ぐらい落ちるやもしれんが、“独眼竜”もあれで中々優秀な将軍だ。今ソーンラントが繰り出せる戦力程度では勝ちに持ち込む事は厳しいであろうな。ネカムからここラヒル迄はほぼ直線で進める。早めに戦力を集めないことにはラヒルの陥落はほぼ決まったも同然であろう。レイは籠城戦好きかね?」
「それが好きだという人は居るのかなあ」
アレウスの問い掛けにレイは思わず苦笑した。
「俺の下の兄上は援軍が確実に来るなら篭城も苦ではないと云っていたな。まあ、来なくても敵が大軍で油断していたら外から伏兵を率いて敵将を討てばどうとでもなるとも云われていた気がするんだが……どんな状況を想定されていたんだかなあ」
良い例を挙げようとしたつもりだったのだが、答えている内にアレウスはどんどん自信を無くしたかの様に小声となっていった。
レイもその様子を見逃すことなく、
「絶対にそれは例外中の例外だよね?」
と、問い糾した。
「俺もそう思う。どう考えても本拠地に攻め込まれた時点で負けている」
真顔でアレウスは頷いた。




