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アレウス廻国記  作者: 高橋太郎
再会
106/171

その22

「まあ、ハイランドにとっても、中原王朝にとっても聖地の様な場所だからな。そこに入り込んだ帝国は許されざる大敵として認識される様になった訳だ」

 気を使われたことに感謝しながら、アレウスは一応当たり障りのないことを言った。

 この場にいる者たちは問題ないと理解しているが、フリントやアスティアが自分の所属する組織に報告する義務があると見なし、踏み込んだことは言えなかった。この街が何やかんや言ってソーンラントの影響が濃いことは間違いなく、自分から騒動の元を振りまく気にはならなかった。それが誰も彼もが暗黙の了解として受け止めている話であろうとも、本人が言わなければ確定はしない。

 そして、この話は絶対に確定させてはならないものであった。リ’シンの話を聞いた今ではアレウスの中でそれが更に強まった。決して、迷宮都市に政を持ち込んではならないのだ。少なくとも、アレウスは己の中でそう決意した。

「ハイランド人の旦那が然う云うなら然うなんでしょうな」

 フリントにしてみても、アレウスの正体を探る様な真似はしたくなかった。心情的の意味合いではなく、大迷宮で飯を食っている者の一人として探索ができなくなる危険性のある情報を引き出すべきではないと判断したのだ。現状、タンブーロの評議会絡みで面倒な状況となっているのに、折角穏便に解決しそうな流れを自ら手放す様な莫迦な真似をとる理由がない。それが大迷宮があるからこそ権益を持つ組織の幹部たる者の行動といったものだ。

 ただ、組合の幹部という立場を持っていなかったとしても、個人的な心情で出所不明の噂としてしか扱わなかったであろう。逆を言えば、個人的な心状での行動を迷宮都市を守るという大義名分で正当化できる様になっただけなのかも知れないが。

「御陰で、俺の父親を含め、ソーンラントよりも帝国に対して強い敵愾心を抱いている者は多い。帝国が本気で北上してきたら、血で血を洗う様な嫌な戦になるだろうさ」

 アレウスは然う言ってから、暫し瞑目し、ゆっくりと杯を乾した。

 在り来たりの話ながらも、知らない者にとっては重要な話をそれとなく流す。自分の特定をするには微妙に何かが足りないがそれなりに信憑性がある話、そのぎりぎりの線を読み切り手渡す程度にはフリントを高く買っていた。少なくとも、彼が知るフリントはそうして与えた情報を彼が望む以上の形で利用することができる男であった。

「でも、そうならなかった。幸か不幸か、帝国の皇帝が数代続いて若死にしちゃったんだよね。で、ここで問題になるのは太師と今でも呼ばれている男。ヴォーガ出身の商人で、当時中原王朝に人質として差し出されていた帝国の皇子と知り合ったのが事の発端。その皇子は後ろ盾が居なくてね、余り良い生活をしていなかったんだ。奇貨なり、太師は然う云ったと伝わっているよ」

「その時からその皇子に太師は全てを賭けた。金も出したし、自分の愛人を皇子が見初めた時もその愛人を差し出した。その上で、当時の皇帝の后には子供が居なかったのだが、その皇子に手紙を書かせた。私には母親が居りませぬ、だから貴女様を母親として敬っても宜しいでしょうか、とな」

 アレウスはレイが注いでくれた酒を弄びながら、「当然、太師の入れ知恵よ。その手紙を持ち込んだのも太師だし、手紙と一緒に膨大な進物も献上した。これに皇后はころりと参ってな。太師に皇子の人柄を聞き、自分の手の者に調べさせた上で己の猶子にした。皇子の方も喜んでな。日を空けずにこの義理の母親に手紙を送る様になった。何せ、今まで見向きもされなかったのに、自分の生みの母よりも格の高い女性が子供として認めてくれたのだ。味方の居ない敵地に置かれた身としては、何よりも嬉しく、そして心強かっただろうさ。打算もあっただろうが、俺が聞き及んだところでは本気で感謝していた様でな。後に国に帰る事が出来た時は、正しく実の母親の様に敬ったそうな。皇位を狙って肉親同士でも相争う帝室の中では皮肉な事に、誰よりも親子らしい親子だったそうだよ?」と、静かに語った。

 いつの世でも親族問題が面倒なのは変わらない。

 権力を持った家ならば猶更で、当主の外戚が大きな顔をしだして一門衆と相争う、むしろ当主との仲が険悪になって親子関係が険悪になるなど日常茶飯事と言えた。

 帝国の帝室はその典型例であり、親が肩入れした息子と同母の兄弟が相争った結果、親子関係が冷え切るのはましな方で、親の影響力を消し去るために宮廷奥深くに押し込めたり、自分の言うことを聞かなくなった息子や娘を毒殺する后まで現れる始末であった。それだけ帝室の権威と権力が大きく、それを己のものにするために手段を選ばぬ者が陰惨な事件を巻き起こすのであった。

「では、その皇帝と太師が争ったので?」

 フリントとてそこまで帝室に詳しくなくとも、他の王族やら貴族の醜聞をそれなりに耳にしている。その様な知識から類推されることとして、先に聞いた派閥の争いから在り来たりの推測を立ててみた。

「違う。その皇子は確かに皇帝になった。なったが、レイが云った事を覚えているか? 数代にわたって若死にした、と。そして、皇帝派と太師派の争いは後見人である太師が皇帝に何時政の主権を返すか、と云う事を、な。今の話の太師とその皇子が出会った頃には既に件の皇子は成人していた。故に、その男が帝位に就いたのならば別に後見人なぞ要らぬ。今の皇帝はその太師が見つけた皇子の子供でな。更に付け加えれば、太師となった商人の愛人だった女から生まれた男子であった」

 アレウスは肩を竦めながら言った。

 その説明を聞いて、レイとダイオ以外の面々が何かを察した表情を浮かべた。

「皇帝になってから直ぐに死んだからね。他に子供が居なかった上、誰も皇子であった頃に何の世話もしていなかった事が裏目に出て、元商人の愛人しか妾が居なかったんだよ。その上、正室も側室も作らないまま死んでしまったから、宮廷が大混乱」

 明らかに予感した通りの碌でもない結果をレイがさらりと語る。

 周りの反応を見てから、

「まあ、その御陰で近隣国は一息付けたのだがね。何せ、跡継ぎが本当に帝室の血を引いているかどうかすら分からない。だからと云って、他の皇位継承者を選び直すとなると、内戦の畏れがある。そこで、皇子を猶子に迎え入れていた皇太后は賭に出た。まだ諸部族同士の緩い繋がりであった頃から生きている闇の森の巫女に盟約を結んだ者の末裔かどうかの真贋を依頼したのだ」

 と、アレウスは和やかに語って見せた。

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