ほしのふるまち
そらなんてなんにもない。なんにもないからだれもみない。ぼくもみな
い。
そらなんてなんでもない。まったくなにもない。でもそれはある。確かに
ある。でもそんなのどうでもいい。みんな思っていた、いや思っていない
思うまでもないただの戯言。そらなんてなんでもない。
そらは無表情。なにもかわらないそら。変わらないから、それに感じ気づ
くことがない。なんでもないただのそれ。それがそら。
街。街にはなんにもない。なんにもないなんておおげさ。そんなことない
けどだれもがそういう。なんにもない。
そんな街。ぼくはいつも通り歩いている。
道。いつも歩く道。決まった道。定まった道。こつっ、こつっ、こつっ。
冷たい響き。いつも通り。
おはようございます。おはよう。あいさつ。こえとこえ。交差。でもそれ
だけ。こえの主は前にも横にもいない。ぼくも前にも横にもいない。それがおはよう。
歩きはいつも長い。あまりにも長い。長いのでときに立ち止まる。休憩所。ベンチ。座る。
この休憩所はいつもだれもいない。ベンチは汚れている。でもここはお気に入り。座って冷ややかになる。いいこと。
人が通り過ぎる。こつっ、こつっ、こつっ。人。こつっ、こつっ、こつっ。音だけが通り過ぎる。静かに、大きく、静か。
車も通る。ヒュー。通る。ヒュー。静かに、大きく、静か。
だれも通る。静かに、大きく、静か。
口はぽかっとあき、遠く見。
あのこ。
あのこはまずい。まずいという。
そうなのかな。ぼくはしらなかった。まずいなんて。
おいしいと思った。まずいなんてわからない。
そもそもまずいものなんてない。みんなみんなおいしいと思う。
でもあのこはまずいという。いつも残している。
容器にバサッ。もったいない。
それでもあのこは絶対にたべなかった。たべたら吐いていた。
いつも怒られている。叱られている。
ごはんを残すあのこはわるいこ
みんなそういっていた。
場所 歩いていたらつく場所。その場所。イス、机。
座る。じー。人、人がくる。すわっていく。はなす。はなしている。
窓。窓の外。ぼくはみていた。
なにか、なにかのため。わからない。みんな見ている。注目している。横をみている子なんていない。あくびもしない。
「ねえ、ほしがふったらなにか変わるのかな?」
あのこはよくそういっていた。
窓、窓の外、みあげれない。そら。ほしはふらない。
人はたつ。たっていく。ばら、ばら。ぼくもたつ。
階段。のぼっていく。てくてく。上。一番上。しまったドア。いっちゃだめだよ。そんな看板。ドアをあける。せかい。ある。
フェンス。そら。背をかけ。みあげ。
あのこはよく屋上にいた。うえを。そらをみあげていた。なんにもない。なんにもないそら。そらをみあげていた。なんにもないのに。いつも。
あるとき聞いてみた。なんでそらをみているの?って。
あのこは一拍。かおはほごらか。
「ほしがふらないか確かめているの」
って。
ほし、ほしって。ほしってなに。そんなものしらない。おしえて。
「えっ、ほしはほしだよ。しらないの」
しらないよ、ごめん。はじめてきいた。
「うーん、ほしはほし。とてもちいさくかがいているの」
へーえ、そうなんだ。で、それがふってくるの、そらから。
「そうなの。降ってくるの。そらから。みたことないけど。かならず」
あのこはみあげていた。ずっとみあげていた。なんにもないそら。そらを。
ほんの、ほんのすこしのほしも見逃さないように。
あのこがよくいた屋上。ぼくは時々。だいたいはイス、机、座っていた。座って窓。窓の外をみていた。
窓の外。風景。建物。そら。そらがみえていた。
ほし。そらからふってくる。ほし。とてもちいさい。かがやいている。そらからふってくる。そら。なんにもない。ほし。そら。
そらはなんでもない。
ある日、屋上。あのこ、ぼく。あのこ。あのこはこういった。
あなたはそらをみないのね、ほしをさがさないのね、と。
ほしはさがしていないけど、ぼくは。そらはみているさ、いつも。
窓の、窓の外をね、みるときに、みているさ。ああ、うん、みている。いまも、いまもだよ、ほらそらを、そらをみている、みているよ。
でも、あのこは、そんなの、そんなのちがうよ、と。そらはよこからなんてみれないよ。それはそらじゃない。そらはね、首をね、上に向けて見あげるもの。だってそら、そらはわたしたちとちがう。同類じゃないの。ゾーンは上。わたしたちにとってなにかであるの。それにね、そらは、そらは手で、てのひらで求めるもの。そうなの。そうであるはずなの。だからね、みあげないと、みあげないとみれないんだよ、って。
ぼくはそらをみあげた。そら。なんにもない。もちろんほしもない。手は地面。コンクリート。冷たい。
どう、そら。
な、なんにもないね。
うん。なんにも、なんにもないよね。でも、でもね。むかし、むかしはね。そんなことなかったって。そら、そらはね。きたなかったんだって。
きたなかった? どういうこと?
うん、なにかがおおっていたり。絵の具がぶちまかれたり、時々針がふってきたり、火事になったり。
そ、それ、そらのはなし?
うん、そらのはなし、むかしはそうだったんだって。
大変だね、そんなの。想像できないよ。
わたしも。でもね、大変だからっていってそんな悪いことばっかりじゃなかったんだって。なにかがおおっていたらすずしくなるし、絵の具がぶちまかれたら、芸術だーっていって鑑賞タイム、針が降ったらマイルームで休憩、火事になったらバケツリレーで大騒ぎ。
へえー、案外たのしそう、悪く思えないよ、そうきくと。
だよね、わたしもそうおもうの。そらになにかあるって決して悪いことのように思えないの。だから、だからね、わたし、このそらにほしが、ほしがふらないかなっておもっているの。そうすればなにか、なにか変わる、そんな気がするの
背中。コンクリート。冷たい。ほしはふらない。
ここは静か。どこもだけど。ここのは違う。なんにも、なんにもきこえない。でもなにかがきこえる。きこえる気がする。
そんな静か。
屋上。屋上にはいってはいけない。それは当たり前。だからだれも屋上なんて知らなかった。ぼくも知らなかった。
イス、机、座る。座らない。あのこ。窓、窓の外。ぼくはみていた。でもみていない。あのこ、みていない。
階段、のぼる、のぼる、のぼらない。あのこ、のぼる、のぼる、のぼる。
しらなかった。いや、しっていた。でもしらなかった。
たまたましった。みていない。でも気になった。
のぼる。上、一番上。看板、いっちゃだめだよ。ドア、開いていた。
気になる。でも、いっちゃだめだよ。 いっちゃだめ。
でも、でも…
い、いっちゃ、だめだ
のぼるのぼるのぼる のぼるのぼるのぼらない。
のぼらない。
おりる コツッ、コツッ。うしろ、ドア、開いている。みた、みない。おりる。コツッ、コツッ、クルッ。ドア、みえない。
あっ…、窓。そら みえる。そら、なんにもない。
「ここ、すきっすね、せんぱい」
屋上は静か。
まあね。
そらにはなにも。ほしももちろん。
いない。いない。あのこはいない。
あのこってだれ。しらない。わからない。
机、イス。あいている。げたばこ、くつ。はいっていない。
いや、いやちがう。ちがう。ぼくはみた。みている。
あのこはいる。いるはず。階段のぼる、のぼる、のぼる。あのこ、のぼる。ぼく、のぼらない。みんなのぼらない。階段、のぼる、のぼる。それだけ。
屋上、そんなものない。だれもしらない。ぼくもしらない。いやしっている。しっているはず。
ぼくはみた。確かにみた。ドアがあった。開いたドア。その先にあった。なにかがあった、あったはず。でも、ぼくは、ぼくは。
「いつもなにしているんすっか、せんぱい」
ほしはふらない。
のぼる、のぼる、……のぼる。
看板、いっちゃだめだよ。
いっちゃだめ。でもドア開いている。ある、あるのだ。
でもいっちゃだめ。でも、でも。
なにしているの、そこで。
「あ、あ…」
あれ、きみ。えー、えっと、あっ、ちょっとまって…。う、うん。そうだ、きみ同じクラスの子だね。こんにちは。
「こ、こんにちは…」
…じゃあね、ちょっとどいて。
「あ、う、うん」
てくてく。いっちゃだめだよ、ドアの外。
いっちゃった。きえた。きえてしまった…。
棒立ち。ここにはなにもない。ほんとうに。
ねえ、きみ。そんなところにいるぐらいならこっちにこない? こっちのほうがいやすいよ、そんなところより。
「えっ、あ…、で、でも…」
ここはどこだろう
でもじゃないよ。こっちにきなさい。はい、はい。
手、てのひら。もっていかれる。
こどもじゃないんだからさ。ねぇ、ほんと。
ドアの外 静か そして そら
そらを そらをみているんだ
「そ、そら…。そらなんてみているんすっか。せんぱい」
ああ、そら、そらをみている。
「せんぱいも、物好きっすね」
物好きって?
「だってなんにもないものを見続けるなんて物好きじゃなくちゃできませんよ」
まあね。だけどなんにもないからみているんじゃないんだ
「じゃあ、なんだっていうんですか?」
ほしだ
「えっ?」
ほしを…ほしをまっているんだ
「蜘蛛の路ってしってる?」
あのこはいつもそらをみあげている。ほしを探している。時々、時々だ。こういうのは。
しらないよ、なにそれ?
ううん、なんでもない。
おいおい、気になるよ、そんなこといわれると。
いや、たいしたことじゃないの、ほんと。
金網。あのこは握りしめ、フエンス越し、そらを見上げていた。
ほしはふらない。
ラジオ。チューニング。ガー、ガー。空間を拾うことはない。壊れたラジオ。
でもラジオ、壊れたラジオなら拾うかもしれない。誰にも知られることのない空間を。あのそらに現れることのない流れ星を。
屋上。静か。なにもない。
フェンス。なぜあるのだろう。
金網。握る。握りしめる。痛い。肉が食い込む。押される。ギッ、ギッ、ギギッ。
ぱっ。すっ、どんっ!!
「はあっ…」
そら。そらにはなにもない。ほしもない。
ほし。ほしがふったら。もしふったら。
ほしがふったらなにか変わるのかな
「…ほし、ほしよふるな」
「なにを求めているの」
「げっ」
な、なにもだよ。
うそ、そんなわけないでしょ。
そんなわけあるんだよ。
…ふーん。そうか。そんなわけあるんだね。
べたり。ばっ。
「ほし、ほしがふりますように」
そら、そら。なんにもないそら。
ほし。なにかが、なにかがかわるほし。
ほしい。ほしい。
「ほしがふりますように」
ほしをさがしにでかけます
べつにあつくもさむくもない。いつものこと。
手紙。置き手紙。あのこからの封筒。手触りはよくない。
そらをみあげてみる。
ほし。ほし。ほし。
ほしはふらない。
あのこ。
あのこのことはよくしらない。
屋上。
そらをみていた。
ほしを探していた。
それぐらい。
それぐらいだ。
屋上。屋上でいっしょだった。たまたま。時々。
それだけだ。
ほし。
ほしなんて
「どこにあるんだろう」
あのこはいない。最初からいない。
だれも知らない。わからない。
げたばこ。つくえ。イス。どこにもいない。
階段。のぼる、のぼる、のぼる。
看板。いっちゃだめだよ。
ドア。閉まっている。
開けよう
がたっ、がたっ
がたがただ。
そと。屋上。
そら。ほし。
あのこなんていない。
フェンス。金網。金網。
ぎゅうっ。
「ほしがふったらなにか変わるのかな」
ほし、ほしが
はしがふってほしい
「おまえさあ、いつも牛乳のんでるけど、おいしいのかそれ?」
「そりゃ、そうですよ。おいしいからのんでるんっす。心が清らかになるっす」
「清らか…」
「あっ、なんすっか、その顔! ばかにしているっす」
「していないって」
「してるっす。心外っす。ほんとんなんっす。飲んだらわかるっす。これは清らか以外のなんでもないっす」
「おれはいいよ、べつに…」
「…(じゅー…)」
「ああそうだ、おまえさ」
「はい?」
蜘蛛の路ってしっているか?
しらないことはしらない。だれもしらない。
「蜘蛛の路、か…」
だれにも忘れられた、いや忘れられていないもの。
この街に駅はない。当たり前のはなし。
だが実際にはある。あるのだ。
「駅?」
「そうだよ、あるのさこの街に。とはいっても訳ありさ」
「訳ありって」
「この街の離れも離れに忘れられたそれはある。まあそんなあんばいだから機能なんてしていない。とはいってもな、これは実際のとこはだれも知らない。知らないがまことしやかに語られる。おまえ、信じるか」
「…はい」
「一年に一度だ。必ずだ。電車だ。電車がくる。無人だ」
「…それが」
「ああ、そういうことだ」
ばかなことをしんじるなよ、このちくしょうめ
しらないんだったらいいんだ。
ええ~きになるっす。一度知ったらとりこっす。めろめろっす。だめだめっす。
すまない。ほんと、なんでもない。
ぶーぶー。
屋上。そら。ほし。なにもなかった。けどなにかあるのかも。
そんな場所。
忘れられた場所。なんにもない場所。
そんなことない。
駅。駅だ。
この街の駅。
匂い。街の匂い。そんなわけない。
建物。箱。
駅とはなんなんだろう。
風化した空間。止まった時計。
ただ線路だけは確かに。
なんにもない街。なにもない。透明。存在。
そらをみあげる。なんにもない。
ほし。ほしはふらない。
電車。一年に一度。忘れられた存在に。
電車。こない。いったい。いつ。
無人。無人の電車。幻。
行き先知れず。切符はない。
電車 こない
一年に一度。一年に一度。
今日。今日。今日。
明日? 明日?
昨日! 昨日?
電車 こない
一年に一度 必ず
電車 こない
必ず
ほしがふったらなにか変わるのかな
電車はこない
「ほしがふったらなにか変わるのかな?」
どうなんだろう。変わるのかな。
「わたし、わたしは、変わると思う。ほしってすごいんだもん」
でもみたことないんでしょ、ほし。
「うん、みたことないよ、みたことないけど…。ほしはすごいの。
とってもちいさく、ちいさくいまにも消えてしまいそうなのに、なんとかなんとか輝いているの。希望なの。だから、だからすごいの」
ほし、ほしなんてふらない。
電車はこなかった。おそらく昨日も明日も。それからも。
蜘蛛の路。
幻なのだろう。しょせん。
「はあ…」
なんなんだろう。ほんとうになんなんだろう。
わからない。なにもわからない。
「ほしがきたらなにがあるんっすか?」
なにか…なにかが変わるんだ。
なにがかわるんすっか?
変わるんだよ、なにかが。
なにかが?
なにかが。
駅。電車がこない駅は駅であり続けられるのか?
人に忘れられ電車にも忘れられ。
一体どれだけ忘れられたのだろう。
とはいえ少なくとも人がひとり電車を待っていた
それだけで駅の面目を保っただろう
一年に一度、幻を保つための空間
それも乙なものだ。
「笑えないよ」
そらはなんにもない。むかしはそうではなかった。汚かった。
むかし。むかし。汚かったむかしのそら。
ほしは、ほしは輝いていたのだろうか。
輝いていたのだろう。
輝いていたのだろう。
輝いていたのなら。
いたのなら。
なぜ。
なぜ
ほしはないの。
なくなったの。
なぜ。
なぜ。
駅。
電車はこない。
でも。
でも。
なぜか。
なぜか。
線路。
線路がある。
これがなかったら駅じゃないって簡単にわかっただろうに。
でも、でも。この線路。なぜあるんだろう。電車なんてこないのに。
なぞ。なぞだ。
まあ、仕方ない。仕方ないんだ。
荷物。腰に悪い。
なにひとつおとすことなく。
そら。なんにもない。
ぼくがしっている、みてきたそら。
いままでも。これからも。
ほしなんてふることなんてないだろう。
なんにもないそら。
それがそら。
線路がある。なぜかある。
どこからか。どこへか。わからない。
でも、ある。あるんだ。線路はあるんだ。電車がこなくても路はあるんだ。
歩こう。どこかへ。
歩く。どこまでも。
歩け。いつまでも。
どうなるかなんてわからない。でも、でもひとつだけ。
ほしがふるまち
そこにいきたい。
次は瞬間の星へ