みちにねこ
みちのうえのねこはもうちがう
「ねこ」
「そうみたいね」
「まったくもって運の悪い」
「そうね」
「それにしてもねこはくさいわね。あんなに自由なのに」
「自由なのとくさいのは関係ないんじゃない? 死んだら生き物は腐るんだから」
「そんなこときいてないわ このおたんこなす」
「わたしもしんだらあんなににおうのかしら?」
「どうかな?」
「ねこって」
「うん?」
「あんなに中身が少ないのね。あんなにおおきいのに」
「そうだね。ぼくもびっくりしたよ」
「なあ?」
「なに?」
「もういこうぜ。こんなところにずっといても気がめいるだけだぜ」
「そうね」
「電車って律儀ね。いつもきまった時間にくるわ」
「いやいつもってわけじゃないんだぜ。たまに遅れたり―」
「ほんとおたんこなすね。たまにでしょ。いつもじゃない。わたしならくるうわ。とまるわ。ストよ。ストをするわ」
「まあでもそのおかげでおれたちも毎日生きてゆけるんだぜ」
「そうね。電車が狂いそうになる傍目でね」
「ひとがいっぱいね」
「そりゃあみんなどっかにいくからね」
「ここは不気味ね。ひとはいっぱいいるのにだれもいないみたい」
「どういうこと?」
「とじこもり、ひきこもりよ。みんなひきこもってピコピコなにかに逃避だわ」
「まあそうでもしないとやっていけないよ。知らない人との移動なんて」
「そう? わたしはきになるわ。しらないひと」
「しらないぜまったく」
「会話ってうんざり」
「え?」
「え? じゃないわよ。このおたんこなす。あの集団の会話を聞いておもわない? 会話のための会話のルールの会話を延々としているのよ。うんざり。あんな会話消滅すればいい」
「そんなこというけどぼくらもしてるじゃん、会話。してるってことは同じじゃないの。それと」
「会話じゃないわ 独白よ」
「なんでみんなおなじところをおなじようにありみたいに歩いているのかしら?」
「そりゃあきみもわかっていることだろ? この道を歩けば学校へいけるからだろ?」
「がっこう? なにそれ?」
「なにそれって… まったくもってなんて返事すればいいか困るよ」
「ならしなければいいじゃない、返事」
「そういうわけにもいかないんだよ」
「なんで?」
「なんでって… 会話するってそういうことだろ?」
「あんたってほんとおたんこなすね。あまりにもおたんこなすだわ。おたんこなすすぎておたんこなすとしかいえないわ。このおたんこなす」
「わかった。わかったよ。ごめん。あやまるよ。ほんとに」
「おたんこなす」
「みんなおなじおなじだわ。なぜこんなにもおなじに染まるのかしら?」
「同じになるのがいいからじゃない?」
「そう? でもみんないってるわ。わたしたちはちがうものになりたい。異人になりたいって」
「偉人だろ?」
「いいえ。異人。異なる、ことなる存在よ。おなじとはちがう気が狂った誰しものともすれ違う寂しい存在よ」
「だれもそんなものになりたいってわけじゃないとおもうぜ」
「そうなの? じゃあ非常におかしいわ。馬鹿気ているわ。だからこんなことがまかり通っているのね。そうなのね」
「そんなんじゃない?」
「あんたにしてはじょうてきね」
「どういたしまして」
「あたしはどこを歩いているの?」
「どこってみちだろ?」
「みちって?」
「それぐらいしっているだろ。いつも通っているじゃないか。行きもいまも」
「そんなこといっていないわ。わたしがいっているのはね、どこを歩いているのかっていうこと」
「だからそれをね―」
「あんたがいったことなんてほんとどうでもいい見当はずれなことよ。わかった? おたんこなす」
「なにをわかればいいか、こっちの見当がつかないよ」
「じゃあそれでいいじゃない、おたんこなす」
「ねこってなんであんなにつぶされたがるのかしら?」
「つぶされたがるってべつにねこは潰されることに好意的ではないし、そもそもたがるっていうほど潰されていないとおもうぜ」
「自由だからかしら。ひとがばかみたいに勝手なみちをつくって勝手に歩いて勝手に整備していくけど自分たちにはまっていくわたしたちとはちがうねこは縦横無尽にわたしたちを知らず歩きまわるわ。だからかしら?」
「おおむねそんなんもんじゃないの。危険なもののための道にぼくたちはそうははいらないけど、ねこまでもがそれを遵守するとは限らないからね。まあ仕方のないことじゃない? ねこのルールとぼくたちのルールが一緒なわけないんだからさ」
「わたしはそうおもいたくないわ。ひとの勝手なルールで自由で優雅なねこが潰される理屈がどこにあるっていうのよ? わたしは許せないわ。ねこにはねこのみちがあるんだから。嘆願書。嘆願書をかくわ。かきまくるわ。みちに。ひとに。わたしたちに」
「そうはいっても潰されるねこなんてねこの中のねこ、極々一部の極一部だぜ。そんなネコのために道をあわせるなんて不可能だぜ」
「でもわたしはかきまくるわ。ねこのために」
「しらないけどほどほどにね」
「わたしがどんどん失われていくわ」
「失われる?」
「そう失われる。だんだん ゆっくりと 着実に わたし わたしが剥離していく。とろりとろけて混ざりあい つぶしあい なにもなにもかもがみえなくなっていく。まっくら。それすらもわからない。そんなにみえないのにどんどんなぜかわたしがわかっていく。もうわたしはいないのに。こわい。こわいわ」
「わからないけど… ある意味仕方のないことなのかもしれないよ。生きるっていうことを続けるためにはさ、それって」
「そうね。仕方のないことだけど 許せないわ」
「ここらへんはむかし、ただのはらっぱだったわ」
「いまじゃただの駅だね」
「まったくもってひとはおばかね。あんなに純情無垢にほけっていたおばかでかわいいわたしの記憶のはらっぱにこんな安っぽいかざりを置くなんて。ほんとにおばかだわ」
「そんなにおばかっていうもんじゃないぜ。まあでもこんなおおきな土地、都市計画とやらを推進しているおえらいさんがみのがすわけないぜ」
「そうね、まったくといっておばかだわ」
「また」
「細胞って積極的ね」
「積極的って」
「わたし、わたしだよわたしなんだよって主張してくるの、細胞は。ひとりならまああんたもお好きねって適当にかわすこともできるんだけどそれが何兆ともいるから、気が狂いそうになるわ」
「そりゃあ大変だ」
「大変、大変よ。なにもそんな世界中からわたしをせめたてなくとも理解ぐらいするわ。わたしがわたしだってことぐらい」
「あなた、わたしのことどうおもっているの」
「どうってどうも」
「そうわたしもだわ」
「わたしはしぬわ」
「しぬって。そんなこといわないでくれよ」
「なぜ? しぬっておもったときにしぬっていってなにがわるいの?」
「そんな悲しいよ。死ぬなんて…」
「そう。でもわたしはしなないと哀しくなるわ。とても哀しく。いま いまよ。いましなないと。わたしは哀しみになるわ」
「なぜいまじゃないといけないんだい? まだ生きられるじゃないか、 きみは」
「わたし」
「えっ?」
「わたしになるのに耐えられないの これ以上」
あのこはそういうとついてきてといった。ついてきてってそんなひどいこといわないでくれよ。だれがついていくもんかい。
とはいってもついていくしかない。あのこはだれのいうこともきかないただひとりのあのこなのだ。どうのしようもない。
あのこは道にいった。あのねこのつぶされていたみち。あぶないみち。あぶないもののためのみち。
あのこはぼくたちのみちからはずれそちらへと移った。そして道の真ん中に立ち両手を肩に水平 顔をまっすぐに前を見据え目を心に軽く預けた。
車 車だ。あぶない。あのこは動かない。車はただ走る。それだけ。車だけの道だからそれ以外はない。
どーん
軽くとんでいった。地面にぶつかった。頭が割れた。血がとびでた。つぶされた。ちまみれだ。車は一台だけではない。そこは車の道。何台も何台も走っていく。ただ走っていく。
あのこだったものはどんどんつぶされていく。あんなにおおきかったあのこがどんどんつぶされていく。ぺっちゃんこ。タイヤにあのこがのこされていく。道にあのこがのこされていく。あのこだったものがどんどんぼくのまえから消え去ってゆく。ぼくはただぼくたちのためのみちにたちつくす。
車の道にはもうあのこはただ飛び散った血痕。ぼくたちの道にもほんの少し。ぼくはその血痕に触れる。なにも なにもなかった。
ぼくたちのみちも。くるまのみちも。どのみちにも。ただそれぞれが歩いてゆくだけ。ぼくとあのこの血痕はただたちつくす。
次は少女が降ってきた