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「えっ? えっ? 何? 本当に聞こえない」
その時、素直に解約していれば、もしかしたら大事には至らなかったかもしれない。
亜歌音は、怖々と撮影を続けた。やるんじゃなかった。そう言いたそうな顔をして。
浮遊し続けるオーブの数々。尋常じゃないほどの数だ。埃の山でも写してるのではないかというほど泳いでいる。
恐る恐るカメラで録画していた亜歌音が、何かに導かれるようにゆっくりと振り返る。そこには、クローゼットがあった。
怖い。ここまで恐怖を覚えた事はない。今まで何度も霊の正体をカメラに収めてきたはずだった。だけど、この物件だけは、何かが違う。
怨念。
すさまじい力を秘めている。このクローゼットの奥から、この世の者ではない何かが手が伸ばしているようだ。
固唾を飲み、意を決したようにノブへと手を伸ばした、ちょうどその時。突然ワンルームのドアが開く。
「えっ」
玄関を撮ったが、誰もいない。てっきり相方が来たのかとも思ったのだが。
ドアを開けても、誰もいなかった。もしかしたら、隣人が酔っぱらって開けたけど、部屋が違う事に気が付いたのかもしれないと自分で勝手に解釈する。そんな時間だ。まぁいいか、と思って振りかえった途端。
「ぎゃぁぁぁ!」
部屋中央にぶら下がる物があった。さっきまで何もなかったのに。最初の入居者だろうか。
「お、脅かさないでよ、もう」
亜歌音は、そういう現象には慣れていた。振り向いたら、何かいる。それはもう彼女の中で日常になりつつある。ただ突然現れるのは勘弁してもらいたい。
「……あれ?」
先ほどまでひしひしと肌に伝わっていた、地獄の底から這い出してくるかのような威圧感は何だったのだろうか。何か、忘れているような気がする。
クローゼットの件を思い出せず、その日はもう寝ることにした。ロフトに置いている布団に身を任せ、沈んでいく。
「期待しすぎだったのかな?」
今の首つり幽霊はきっとカメラにもバッチリ写っているはずだ。ただ、どこか腑に落ちない事がある。三島さんから教わった情報と、どこにも掠っていない。数も数えていないし、影を振りかえったわけでもない。筆記用具なども持ってないので絵や図形など描けるはずもない。