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それだけならまだいいが、月明かりが洩れるその部屋の奥から、真っ黒な影が美香を標的にじわじわと近付いてくるではないか。マズいと感じたのだろう、晶がスマホを持って電話を入れている。ほぼ真っ暗な部屋に、ぼぅっと照らし出される美香の画面。それを合図のように、黒い影は消えていった。
時刻は間もなく四時半を迎えようとしている。この時間帯に行くのは、さすがに迷惑かもしれないが、そう言ってる場合でもない。
「美香が心配です。アパートの下まで行きましょう」
「あぁ」
美香の部屋に押し掛けるとは言っていない。ただ、最悪の事態を考えて真下で待機するだけらしい。
美香のアパートからすぐの所にファミレスはあった。駅から近いだけあって、栄えている。
人通りもわりとまばらに、黒いモヤを身に纏った月が見下ろす中、二人は目的の場所まで到着した。
「やっぱり、こういう事ですか」
晶はアパートを見た途端絶句していた。アパート、というよりも、別の所を見ている。
「なんだ? どうした」
「優太さん、ここの階段登ってみてください」
「え、なんでだよ。ふざけんなよ」
「いいから、登ってみて……いや、やっぱりいいです」
優太のあまりのビビり様に、彼女はため息をついた。
最初の一段だけ、彼女は時間帯にそぐわない力で階段を踏む。乾いた金属の音が周囲に響いて、周囲の家の動物たちが起き出す気配。擬音で言うなら、カン、だろう。二段目からは、ものすごく静かに、すり足のように登っていく。
「分かりましたか?」
「いいや」
そもそも彼女は、一体何をやっているのか。登り終えた瞬間に優太の顔を見下ろしている。
さっきと今の違いを探せというのだろうか。階段の中間辺りにある美香部屋の窓はカーテンを買い損ねた件もあり、電気が消えたままだ。
ここでカメラを回し続けていたら何か写るのかもしれない。
ただ、晶の質問に対しては、素人には特に分からない問題だった。
「分かんね」
「数、数えてみてください。階段の数を」