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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

お姫様になりたいっ☆

作者: たいやき

 むかしむかし、と言うほどでもない少し昔。だいたい十五年前。

 とある国の辺境の村に、ひとりの女の子がおりました。

 名前はローゼ。ごく普通の農家に生まれたごくごく普通の女の子です。

 ローゼは本を読むのが好きでした。

 家の手伝いを終えると村長の家に立ち寄って、書斎の本を読ませてもらっていました。

 当時三歳だったローゼに難しい本は分かりません。

 図鑑や絵本をたくさん読みました。

 その中でもローゼが一番に気に入ったのは『村娘と王子様』という絵本でした。


 筋書きはとってもありきたり。

 とある村の視察に来た王子様が悪い魔法使いに襲われて、護衛とはぐれてしまいます。

 ひとり森をさまよう王子様を見つけたのは、とある村娘でした。

 王子様と村娘はひと目で恋に落ち、ふたりで協力して悪い魔法使いを倒します。

 そして王子様は村娘をお城に連れ帰り、結婚しました。

 村娘はお姫様となり、幸せに暮らしましたとさ。

 めでたしめでたし。


「わたしもこんなふうにお姫様になりたい!」


 ローゼはたいへん感動してこの物語が大好きになり、何度も何度も読み返しました。

 そうして本が擦り切れてしまうくらいに読んだころ。

 変に聡かったローゼはひとつの疑問を覚えました。


「どうして村娘と王子様は、魔法使いを倒せたんだろう」


 王子様というのは国にとって大切な人です。

 視察でも、お城から出るとなればたくさんの護衛が付くはずです。

 王子様の護衛なんて重大な任務を任される人たちなのですから、村一番の力持ちのドナーノより強かったことでしょう。

 そんな護衛たちが勝てなかった魔法使いに、王子様と村娘だけで勝てるものでしょうか。

 普通に考えたら不可能です。

 大人なら『お話の中だからだよ』と言うでしょう。

 普通の子供なら『王子様の勇気が魔法使いに勝ったんだ!』と言うかもしれません。

 けれど、ローゼはどちらでもありませんでした。


「王子様は魔法使いに敵わなくて森に逃げ込んだんだから、魔法使いには敵わないはず。

 だったら、村娘がものすごく強かったんだ!」


 この斜め上の発想がローゼを『変に聡い』と言わしめる原因でした。

 なにせ村娘が戦う場面なんてないのです。戦うのは王子様で、村娘は王子様を信じて祈っているだけでした。

 この描写から『村娘が強かった』という推論を展開するのは困難でしょう。


 ローゼは持論に絶対の自信を持ちました。

 両親に話した時にも、夢を壊すのはしのびないと思った両親が「そうかもしれないね」と否定しなかったことも理由のひとつでしょう。

 変に聡く、行動力に溢れたローゼはさっそく動き始めました。

 村を守る男衆に、訓練に混ぜてもらえるよう頼み込んだのです。


 男衆たちは快く受け入れました。

 ローゼは家の手伝いを欠かしませんでしたし、熱心に頼み込んできました。

 どうせ子供のきまぐれだろう。すぐに飽きるさ。

 そう軽い気持ちで引き受けたのです。

 この時、ローゼは五つになる手前でした。


 三年ほど経ちました。

 ローゼは八つになりましたが、まだ訓練を続けていました。

 空き地で素振りをしています。

 上段に剣を構え、振り下ろします。

 たったこれだけの動作ですが、流水のように滑らかで、獣のように素早い動きでした。

 ひたすら訓練に打ち込んだ結果、ローゼは村の同年代の男の子たちよりもはるかに強くなっていました。

 それを生意気だと思った年上の男の子たちはローゼに意地悪をしました。

 足をつっかけて転ばせたり、ローゼの木剣を隠したり。

 時には寄ってたかって殴りつけたりもしました。

 けれどローゼは彼らを相手にしませんでした。


「今はまだ勝てない。けど覚えてろ」


 憎しみを心の奥深くに沈め、醸造させ、牙を研ぐ道を選んだのです。

 半年ほど過ぎたころ。村で子供がケンカ騒ぎを起こしました。

 空き地でおおっぴらに、男の子たちがローゼに殴りかかっていたのです。

 ちょっかいや冗談ではすまされません。

 木剣という武器を持って、よってたかって女の子に襲い掛かっていたのです。

 見かけて村の男は男の子たちを止めようとしました。

 そしてすぐにやめました。

 彼は呆然と立ち尽くします。


 空き地のそばには子供の泣き声が響き渡っていました。

 女の子特有の甲高いものではなく、男の子たちの助けを求める声でした。

 そう。弱い者いじめは発生していました。

 けれど男の子たちがローゼをいじめていたのではなく、ローゼが男の子たちに仕返ししていたのです。

 慌ててローゼを止めた村の男は、


「あれはケンカじゃない。一方的な蹂躙だった」


 と語りました。

 当時九つになろうとしていた彼女は、村の男の子たちに女性恐怖症寸前の傷を体と心に刻みつけました。


 十歳になったローゼは大人の男もかくやというほど強くなっていました。

 ものすごく努力をしましたが、天性のものもあったのでしょう。

 村を襲ってきた盗賊と村の男衆が戦っているところに乱入して、敵リーダーを仕留めたり。

 家畜を襲う巨大熊をタイマンで討伐したり。

 そんな日々を送っていました。


 そしてある日、ふと気づきました。


「こんな辺境の村に、王子様が視察にくるのかしら」


 ローゼが生まれた村は辺境も辺境です。

 国のはしっこで、目立つ産業も資源もありません。

 少なくともローゼが生まれてからは、領主が来たことだって一度もありません。

 当然、王子様が来るなんてこともありえません。

 ようやく気付いたのは十二歳のころでした。

 ローゼは自らの野望を叶えるべく、王国軍に志願しました。

 ただの村娘ではどう頑張っても王侯貴族とお近づきになんてなれません。

 ですが、女性兵士としてならどうでしょうか。

 軍隊に所属している女性は数少ないですが、少数とはいえ所属している人がいる以上、需要はあるんです。

 調べてみると、王国軍には女性しか入隊できないエリート部隊があるようでした。

 王族を守る親衛隊です。

 特に女性の王族専属の部隊は、浮気や兵士の暴走を予防すべく女性しか参入できませんでした。

 ローゼはこの親衛隊に目を付けたのです。


「わたしは女の子だから、親衛隊に入れるわ。それに仕事柄、王子様とお知り合いになれるかも!」


 思い立ったが吉日です。

 ローゼは村を出て王国軍の試験を受けるべく、街へ向かいました。

 道中の魔物や盗賊を殲滅しながら街にたどりついたローゼは、試験の申し込みをしました。


「こんなちびっこい、しかも女に軍隊なんて勤まるはずがない!」


 そう言った申し込み担当者や一緒に受験した男たちを壊滅させ、ローゼは無事に王国軍に入りました。

 ですが、はじめから親衛隊には入れません。

 本来、親衛隊は幼いころから特別な訓練を受けた貴族の子弟で構成されます。

 優秀な戦力を持った一般人が加入することもありますが、極めて少ない例でした。

 ローゼは隣国との紛争地域に送られました。

 ここで功績を立てれば昇進し、貴族の目に留まるかもしれません。

 ローゼは大暴れしました。

 自重とか、加減とかを忘れました。

 混戦となったのをいいことに敵陣の中を進撃します。

 そして、たったひとりで敵将や司令官の首をあげたのです。


 敵軍の兵士たちはたいそうビビりました。

 まだ成人もしていない女の子が、無邪気な笑顔で男たちの首を掲げているのです。

 猟奇的という他ありません。

 自軍の将の首を野菜のようにぶら下げて、返り血まみれで意気揚々と凱旋する彼女を見て、敵軍は戦意を喪失しました。

 とっても怖かったのです。

 敵どころか味方すらもドン引きしていました。


「なんだよあの子……怖えぇよ、怖えぇよ……」

「……ホントにな。顔は可愛いだけになおさらコワいよな」


 膝を震わせて投降した敵軍は、妙に温かく迎えられました。

 ローゼが十三歳のときでした。

 この時の出来事から、ローゼには『血染めの赤薔薇レッドローズ』というあだ名がつきました。

 美しいけれど、触れようとしたもの全てをその棘で傷付け、その血で染まる一輪の花のようだ、と。


 ローゼはその後も数年、紛争地帯や魔物の領域に投入されました。

 そのすべてで圧倒的な戦果を挙げました。

 『血染めの赤薔薇』の名は国中に響き渡りました。

 ちょっとした敬意と、格別の畏怖と共に。


「ううん。たくさん活躍したのにあんまり階級が上がらないのはなんでだろう。お金はいっぱいもらえるけど」


 階級が高い人の役割は指揮です。

 単独敵の中に乗り込んで壊滅させるローゼに指揮官は務まりません。

 なので、報奨金やお給金はエライ金額なのにもかかわらず、階級は一兵士のままでした。

 ローゼはこのころ十五歳となっていました。

 王侯貴族にはなかなか会えません。

 これだけ活躍していればどこかの貴族が抱え込もうとするものですが、壮絶な戦果とその容姿のために貴族が尻込みしていたのです。


 ローゼは美しく育ちました。

 すっと通った鼻筋。切れ長の目元。鍛えられた体は細いながらも野獣のような機能美に満ちています。

 淑女としての嗜みも一部身に付けた彼女は、敵将の首をとっても昔のように破顔しません。

 うっすらと、しとやかに微笑むのです。

 その姿は殺戮マシーンや戦闘狂といった印象を与えるのに十分なものでした。

 敵国でも恐れられ、停戦条約が結ばれる一助となったとか。


 ローゼが十八歳になった日。

 近隣諸国全てとの停戦条約が結ばれました。

 主要な魔物の領域から危険な魔物も排除し終え、ローゼの仕事は減ってしまいました。

 もう、王国の最終兵器を投入する場所がなくなっていたのです。


 条約の調印が終わったひと月後。

 ローゼは王城に呼ばれました。


「とうとう来たっ!」


 ローゼは数年ぶりに破顔して喜びました。

 呼び出しを伝えた使者は「まさか陛下たちを斬るつもりか」と不安に思い、上司に伝えました。

 上司は気にする必要はない、と笑いました。


「あの子が本気になったら、王城だろうが正面突破して住民を皆殺しにできるから」


 使者は引きつった笑みを浮かべました。

 笑うしかありませんでした。


 そして、謁見当日。


「そなたが『血染めの赤薔薇』か」

「はっ。ローゼと申します」

「そうであったな。ローゼよ、大儀であった。おかげで我が国は周辺諸国との紛争に終止符を打ち、魔物に怯える民を守ることができた」

「恐縮です」

「……余の長話を聞かせるのもなんであるからな。さっそく本題に入ろう。今日はそなたに話があるため呼ばせてもらった」

「話、ですか」

「ああ、我が子がそなたとぜひ話してみたいと言いだしてな」

「光栄です」


 ローゼは淡々と応じるも内心では「キタコレッ!」とガッツポーズをとっていました。

 物語とはずいぶん違いましたが、念願の王子様とのご対面です。

『きっとここで見初められ、王妃は無理でも妾あたりになってお姫様ライクな生活をおくれるんだわ』

 大人になり現実も見てきたローゼは、自分に王妃が務まるとも思わないため目標のハードルを下げていました。


 そして、王子様が現れました。


「余が第四王子、アストルである」


 正装をした王子は、まだあどけない少年でした。

 年齢にして十四歳ほど。ふわふわした金髪に柔和な表情をした、まさしく美少年である

 ローゼは「もうちょっと歳をとって凛々しくなったら好みかな」と思いました。


「陛下、できれば二人きりで話したく存じます。よろしいでしょうか」

「好きにしろ、アストル。では余はこれにて」


 王様とお付きの人はいそいそと去っていきました。

 ローゼに心から感謝していますが、やっぱりコワいのです。

 謁見の間にローゼとアストルだけが残されました。


「腰を落ち着けて話せる場所がよいな。こちらへ来てくれ」

「はっ」


 ローゼはアストルに連れられ、応接間に入りました。


「……よし、人もいない。さっそく始めようではないか」

「……は?」


 ローゼは困惑しました。

 人の気配は本当にありません。

 話をすると聞いていましたが、アストルの顔は上気しており息が荒いです。興奮しているようでした。

 まさか、と思いました。

 この場で手籠めにでもするつもりなのかなーとローゼは警戒します。

 そんなのはちっともロマンチックじゃありません。

 想像するだけで不愉快です。

 あこがれの王子様に全てを捧げるためにローゼは純潔を守ってきました。

 立場をかさに着て女を手籠めにするようなバカ貴族、ローゼが憧れてきた王子様とは違います。

 必要とあらば首でももいでやろうかしら、とローゼは目を細めました。

 ローゼからほんのり滲みでる殺気に構わず、王子は一歩近寄りました。

 ローゼは臨戦態勢をとります。

 たとえ王城全ての戦力を投入しても手が付けられない猛獣の姿がそこにありました。

 アストルは再び口を開きました。


「ローゼ殿、いや、ローゼ様! ずっとお会いしたいと思っていました!」


 そしてがばっと頭を下げ、すぐに顔を上げてきらきらした眼差しを向けてくるではありませんか。


「え? え?」


 ローゼはずいぶん予想と違う展開にびっくりしました。

 アストルの目は純粋に輝いていて、ときおり性根が腐った上司に向けられた粘っこい感じはまったくありません。

 それどころか女を見る目ですらありません。

 伝説の英雄を目の前にした少年のそれです。


「御高名はかねがね伺っております。たったひとりで敵軍を壊滅させ、ドラゴンを一刀のもとに斬り伏せ……その武勇は語り出したらきりがありません! ずっと、ずっと憧れていました!」

「あ、はい」

「どうか、お話を聞かせてください! 歩くだけで敵軍が割れ、城に立ち入って無血開城させた時の話とか!」

「か、構いませんが……?」


 いろんなベクトルで予想と違ったアストルの反応に戸惑いながらローゼはせがまれるままに武勇伝を語りました。

 淡々と事実を語るローゼをアストルが褒め称えるようなかたちです。

 照れくさいながらもまんざらではなく、アストルがおねむになるまでお話しました。

 そして、どういうわけか。

 ローゼは親衛隊ではなくアストルの剣の師匠になることになりました。


「ローゼ師匠、さっそく稽古をお願いします!」


 決まった翌日から稽古をせがむ王子の目は、やっぱり女性を見る者ではありませんでした。

 ローゼはいろいろ予定と違うことに内心溜め息をつきながらもアストルの求めに応じました。

 王子の師匠となればほとんど毎日王城に来ることになります。そこで素敵な貴公子とお近づきになれるかもしれません。

 王子を自分好みに育てるという選択肢もアリでしょう。

 これはこれで悪くない状況だと自分に言い聞かせ、さっそく訓練を始めるのでした。


「では王子、さっそく素振りからはじめましょう」

「はい!」

「とりあえず……三千回程度でいいでしょう。三十分もあれば終わりますよね」

「えっ」


 はたして、ローゼはお姫様に、それどころかヒロインになれる日がくるのでしょうか。

 神のみぞ知る――というとローゼが神のところに殴り込みに行きそうで神様が可哀そうです。

 なので、誰も知りません。


 めでたしめでたし?


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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かった。 題名で引いたけど、読んでみて、なるほどって感じ。 「あれはケンカじゃない。一方的な蹂躙だった」は、いい意味でひっくり返った。
[一言] この主人公、単独でドラゴンの巣に放りこまれても、無傷で帰って来そうですよね。 ローゼ「ドラゴンの火球ブレスはブロッキングでノーダメージ化できるのは周知の事実だと思うが、放射ブレスも実は超多…
[一言] えっと。女王にはすぐなれるって気が付いてないみたいだね。
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