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Technoloid  作者: 奏音
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第一稿

 ーーーー21XX年6月10日。第7次世界大戦の続くフェルキ峠の麓にて。

 空から爆撃を受けた。ジノール同盟化学特捜部基地に直撃し、生存者不明。敵国が迫撃砲などで狙撃したように思われた。100メートルの長さはある巨大な施設が、たった一回の爆撃で吹き飛ばされた。強固な造りの白い建物が一瞬にしてその原型を失い、真っ黒な姿へ変貌したのだ。生きている者がいないと思われたが、焼けただれた瓦礫の下で、一人の男が蹲っていた。

「……ぅ…が……」

 その男の右脚の膝から下は、爆撃の衝撃で吹き飛んでいてしまっていた。彼のいた場所がたまたま直接爆風を受けなかったのだろう。だが、不幸中の幸いと言うべきか否か。男の右膝の先からは止めどなく血が流れ、彼自身も息絶えようとしていた。

「……ぐっ………」

 息を切らし、痛みに耐えていた。もう、助かる可能性はない。苦しみ、悶え、死にたくないと望みながら死ぬ。彼にはそんな未来しか見えていなかった。

「…………」

 男はその場に横たわる。彼の眼からは、涙ではなく血が流れた。彼は血しか流れない眼を静かに閉じ、大きく息を吸った。その後、彼の口から息が漏れ出ることはなかった。






 ―――――痛い……。仰向けで眼を閉じたまま、右ひざを撫でた。信じられない、膝に触れることが出来る。当たり前のことだが、今の自分にとっては一大事だ。撫でたその手で、頬を擦った。冷たくて硬い。衝撃が頭の中を走り抜け、その瞬間目を見開いた。頬が硬い。まるで金属を撫でているようだった。頭の中が困惑している。考えに整理がつかない。ぐるぐると思考をかき回し、ゆっくりと体を起こした。

「…っつ!…」

 右脚に激痛が走った。思わず目を閉じ、そして同時に不安が押し寄せる。右ひざから下の部分が途中で途切れている姿が暗い瞼に映し出された。依然として右脚から痛みを感じる。恐る恐るだが、眼を開けた。

 ……そこに、繋がった足があった。膝下はもちろんのこと、足首も足の甲も見える。指も動いた。当たり前なのに、にぎにぎと空気を掴んでいるのが、新鮮に感じられた。

「あ、起きたんだ。だいじょぶ?」

 左後ろから若い女性らしき声が飛んできた。

 声のした方向に振り向く。ふと辺りを見渡してみると、どこもかしこも真っ暗闇だった。空気の流れも感じられない。さっきまでは自身の右脚のことで頭がいっぱいだったのだろう。誰か分からないが自分とは違う人間がいる。そんな安心感からか、少し落ち着いて周りの状況について考える余裕があった。地面に手を当てると、ざらざらとした触感が指と掌に伝わった。氷のように冷たかった。どうやらがさつに塗られた混凝土のようだ。ひんやりとした重い空気感。混凝土の地面に、これといった特徴的な匂いもしない。ーー地下室。それらの情報を組み合わせると、妥当な場所だ。

 この状況の把握はだいたいできた。分からないのは、今置かれている状況と先程の声の主だ。

 再び声がした方向を見やった。真っ暗で何も見えないが、誰かがいる気配は感じる。ごそごそと動く音が聞こえるあたり、相手はこちらのことが見えているらしい。洞窟などの暗い空間の中で長時間いると、眼が暗い視界に慣れて、遠くの方まで見えるようになる。相手の方が、自由に動けることが出来るのだろう。

「ちょっと、聞いてんの?」

 最初に声を掛けられた時から、少し間が空いていた。さっきより大きく張った声は、ゆっくりと近づいてきた。

「……ぅわっ…!」

 突然、目の前に少女の顔が現れた。丸みを帯びた小顔で、肩のあたりまで垂れ下がっている赤く染まった髪が、光が無いにもかかわらず少しばかり輝いていた。四つん這いの姿で視線は自分より低い。今頃になって、ようやく眼が慣れてきていた。

 すると、彼女は男の顔をまじまじと見つめた後、自分の顎に片手を添え、ぶつぶつと何か言い始めた。

「えぇと…顔色は大丈夫。視覚や聴覚、嗅覚に触覚も問題なし…、運動神経のテストはまだだけれど、なんとか適合してるみたいだね」

 また疑問だ。何故ここにいるのか。こいつはいったい何者なのか。そもそも今の自分の立場が理解が出来ていない。

「……ひとつ、聞いていいか?」

 意を決し、聞き返した。

「んー?なんでもいいよぉ」

 彼女はそう言って、四つん這いから胡坐の姿勢を取った。

「…こ、ここはどこだ?……お前は、誰だ?なんで俺の右脚が…」

「ストップ!ひとつって言ったじゃん!」

 彼女は口に手を当てた。どうやらそんなにたくさん一度に答えられないという事らしい。

「えっと、まずは自己紹介するね。私はリーフィ、16歳だよ。確か……君の名前は…ライ。……だったかな?まぁいいや。これから、一緒にここにいることになるけど、よろしくね」

 自らをリーフィと名乗った少女は、首を左に傾けニコーッと笑った。

「な、何言ってんだ?俺の名前は…………。……な、名前は…」

「出てこないんでしょ。自分の名前」

 さっきまで微笑んでいた彼女の顔が急に強張った。その目付きは真剣な表情をしていて、何もかもを悟っているかのようだった。

「……なんでだよ」

 気付くと、口調が荒くなってきていた。彼女は言った。……一緒にここにいることになると。。何処かもわからないこの場所で、正体不明の少女と共に過ごすということになる。想像を越えた範囲で進んでいく事態に納得が出来ないでいたのだ。

「んーとね…。私も、自分の本当の名前は知らないよ。此処に来てから、リーフィって呼ばれてる。思い出そうとしても出てこない。だから、君も新しい名前で呼ばれるようになるんだよ」

 ーーーライ。自分の新しい名前だという。そして、もうひとつ疑問が浮かび上がった。

「……ここは、地下室…だよな?お前の他にも、誰かいるのか?」

「ううん、今は此処にいないよ。…でも、真っ暗なのによく地下室ってわかったね。知識障害も起きてないみたいだし、上手く同調してる。よかったね、成功してるみたいだよ」

 最後の疑問が残っている。何故消えたはずの右脚があるのだ。改めて右手で自分の右脚を撫でてみた。

「あぁ、その右脚?…まだ痛みはあると思うけど、ちゃんと動くでしょ」

 彼女は覗き込みながら言った。

「……お前は…俺に何をしたんだ?」

「わ、私は何もしてないよ?私はただ、君に此処のことを説明してやってって言われただけだし。私が知ってるのは、君の名前と、新しい体のこと」

 名前というのはもうすでに聞いている。話せば話すほど、懐疑が膨らんでいく。リーフィはライの動揺した様子を見て笑みを零した。

「…ごめんごめんっ!いきなり新しい体とか変なこと言われてもわかんないよね。……えっとねぇ…さっき君が言いかけてた右脚のことなんだけど、それちゃんと繋がってるし、神経もつなぎ直してあるから大丈夫だよ」

 リーフィはライの右膝から下をなぞるように指差して得意気に言った。ライも指差された脚の側面を指で撫でる。確かに、触れている感覚はあった。

「…なんで…繋がってるんだ?」

 頭に浮かんでいた疑問が口から零れた。

「なんでって言われてもねぇ……私、頭悪いからさ…ちょっと分かんないや」

 リーフィは髪をぐしゃぐしゃと後頭部を下から上に撫でた。どうやら不甲斐ないと思っているらしい。いつの間にか、かなり眼が慣れてきていたみたいで、彼女の顔色や仕草が良く見えていた。

「……そ、そうか…なんかすまない」

 ライは残念そうに俯いている様子のリーフィに、頭を少しばかり下げた。リーフィはふるふるとかぶりを横に振ると、おずおずと頭を上げた。

「で、でもでも!此処のことはちゃんと知ってるんだから」

 知ってくれなきゃ困る。此処がどこで、どんな場所なのか、ライは一番知りたかった。

「……じゃぁ聞くが、この地下室は何だ?」

 リーフィは急に立ち上がると、すたすたとどこかに歩いていってしまった。

「お、おい…どこへ…」

 ライがそう言いかけた時、ギギギッという音がして、まばゆい光が辺り一帯を包んだ。

「…がっ…!」

 ライは思わず顔を腕で覆った。目の前が真っ白になり、視界が一気に変わった。

「あっ…!ご、ごめんね!」

 ライは閉じた片目の瞼を右手で押さえながら声のする方を見た。そこにはリーフィが立っていた。青い色の大掛かりなレバーに手を掛け、ライの方を見ている。どうやらさっきの音はレバーを下げ降ろした金属音だったらしい。錆びついた音で、長い間使われていないようだった。

 ライが目をぱちぱちさせていると、リーフィが手に掛けていたレバーから手を離し、ライの右隣に座った。

「びっくりさせて、ごめんねぇ…」

 ライは瞼を少し手の甲で擦って、上を見上げた。淡いオレンジがかった光が天井の隙間から漏れている。間接照明だった。カチカチと点滅しているものもあったが、先程までの暗さと比べれば気にはならなかった。

「…いや、大丈夫だ。照明があったんだな」

 そう言ってリーフィに向き直ったとき、ライは目を丸くした。

「…お、お前…!その顔…」

 明るくなったことで、リーフィの顔が鮮明に見ることが出来た。彼女の顔の頬や額は、切り傷やアザなどの傷痕で埋め尽くされていた。湿布やガーゼも無造作に貼られていて、赤く滲んでいる。縫合をされている部分もあるようだった。

「…あぁ、これ…?」

 自分の左頬を撫でながら、リーフィは照れくさそうに言った。

「……まぁ、これでもまだマシな方だよ」

 リーフィの表情は、ライにはなんだか物寂しそうな風に感じた。

「…………」

「…………」

 暫くの間、二人の間に少しだけ沈黙が漂った。チカチカと無情に点いたり消えたりしている照明が余計に寂静とした空間を生み出していた。

「…えっと、ちょっと言いにくいんだけど……」

 リーフィが口を開いたとき、どこからともなく機械音声が地下室いっぱいに流れ始めた。

「部隊ガ戻リマシタ。部隊ガ戻リマシタ」

 ピコピコとした音がさまざまな方向に反響し、自然にエコーがかかる。

「……部隊…?」

 ライがそう言うと、リーフィは開いたばかりの口を噤んだ。

「…あ、帰って来たんだ…!」

 リーフィは急に目を輝かせ、スクッと立ち上がりながら、ライの後方に体を向けた。ライもすぐさま振り向き、背後を見やる。

「……?」

 そこはライたちを照らしている間接照明の明かりが届いていないようで、暗がりになっていた。

「……ぶ、部隊ってことは…此処は何かの軍事組織なのか?お、俺は捕虜にでもされちまったのか?」

 ライもくるりと座ったまま向きを変え、リーフィに並ぶ形になったところでそう問いかけた。

「………………」

 しかし、リーフィから応答はなかった。依然、吸い込まれそうな暗がりを見つめているようだった。

「…お、おい…どうし…」

 ライがリーフィにそう言いかけたとき、糸が切れたマリオネットのように大げさな動作で身を翻して、先程の青いレバーの元に歩み寄った。

「………?」

 ガギッと大きく耳が裂かれるような不快な音が鳴り響くと共に、ライを包んでいたオレンジ色が漆黒へと変わった。

「はっ…!?」

 何も見えない。リーフィが急に照明を落としたらしい。錆びた金属同士を強引に擦らせたような音がしたのはその為だろう。

「……なぁ、さっきの部隊ってなんのことなんだ?」

 ライは暗闇と化した空間に向かって尋ねた。

「…………」

 またもリーフィからの返事はない。

(……俺には、教えられないってことか…)

 ライの心中で不安心がどんどんと膨らんでいった。

(こいつが仲間かどうかも分からねぇのに、何考えてんだ……。自分の名前を思い出せないのも気掛かりだってぇのに…)

 ライは肩を落とし、一点を見つめた。焦点を合わせようとしたが、目の前が真っ暗でどこに合わせていいか分からなかった。

「……ごめん、ちょっとだけ黙ってていてくれない?」

 ライの耳元でリーフィが囁いた。彼女の赤い髪がライの頬をさらさらと撫でた。あまりにも近距離過ぎて、ライは咄嗟に動くことが出来なかった。その声は鋭い声調で、ライの身体に突き刺さるようだった。

「……お、おう…」

 意味もわからないままだが、ライも小声で返す。

「……っ!?」

 突然、ライは背中に重みを感じた。少しばかりだが、温かい。ライはうなじあたりにチクチクした感触がした。振り向いたところで、暗闇なのは変わらない。しかし、ライにはこの重みが何なのかすぐに分かった。

 ライは大きく息を吸った。そしてゆっくりと鼻から息を零す。リーフィが凭れ掛かっている。あまりにも突飛な彼女の行動に言葉を失ってしまったが、隠しきれなかった動揺や不信感がすっと消えていくような気がした。ライはそのまま目を閉じ、リーフィによりかかった。


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