零往復
初投稿します。
乱雑な文章ですが、ご容赦下さい。
窓の外の夏の暑い日射しと待合室の中にこもる熱気にいよいよ耐えきれなくなった俺は、寝転がっていた木製のベンチから立ち上がり、思わず閉められていた窓を開けた。
外から風が入ってくるのを肌で感じて、再びベンチに戻ろうとすると、振り向く際に人影が見えたような気がして窓から身をのりだすと、ホームに知り合いを見つけて、思わず顔を歪めた。
「こんな所で何してるのかな?」
ホームに立っていた少女はこちらに向かって仁王立ちし、そう聞いてきた。
「別に何も。強いて言うなら休憩じゃね?」
俺は特にこれ以上気にすることもなくベンチに戻ろうとする。正直これ以上貴重な睡眠時間を削られたくない。もっとも昨夜はぐっすりと眠れたので眠いわけではなく、単に会話というアクションをとるのが面倒なだけだ。
しかし、少女は後ろから殴りかかるという暴挙に出てきたので、諦めて拳を受け止めてから対応にでる。
「おまえこそ一体何をしているんだよ。列車なら来ないぞ」
「知ってるわよ。もう永遠に来ないのも」
「じゃあなんで?」
「あなたを探していたのよ。聡司」
そう言った少女、瞳は珍しく真面目な顔をしていた。
大事かつ貴重な休憩時間はどうやらこのまま消えてしまいそうだ。
「意外にきれいなのね」
用件を聞くために待合室から駅舎に移動した。
駅舎に入ると瞳は開口一番にそう言った。
「誰も使わないからな」
「使われていないところに入って良かったの?」
「一応は保存されていて見学自由だ。もっとも見学者なんてものを見たことは一度もないな」
「聡司は見学してたわけじゃないの?」
「俺はどちらかというと関係者サイドだから、見学者に入らないな」
「え?」
「色々あるんだよ。まあ、おかげで一人で静かに過ごせる場所を獲得したわけだが」
俺はそう言いつつ改めて窓の外に広がる景色を見た。
それを一言で言い表すなら駅だ。
ホームや線路は複数あり、そこそこ大きい駅に分類されるだろう。しかし、人の気配は恐ろしいほどに存在しない。それによく見れば線路もどちらをたどっても駅を出てすぐのところでなくなっている。これでは到底列車は走れない。
当然だ。この線路を走らせていた加田鉄道は三十年以上前に廃止になっているのだから。
かろうじてホームのない線路に止まっている一両の車両はもう動くことはないだろう。
「一人?」
「実際、瞳が来るまでは一人だっただろう?」
「他に関係者は?」
「いない。半年前に門真の祖父さんが亡くなってからは一人」
「じゃあこの広い駅の掃除とかは?」
「俺一人でやっている。正直大変だけどな」
「あのサボりの代名詞の聡司が、こんなにきちんと掃除するなんて…」
「誰がサボりの代名詞だ」
「普通に生活してたらそんな代名詞にはならないんじゃない?」
「少なくとも俺はサボった覚えはない」
「あらそう。それで、一人でもそんな熱心に続けるの?」
「爺さんの遺言だからな」
「門真のお爺さんの遺言?」
「そうだよ。俺の祖父ちゃんと門真の爺さんは昔からの知り合いらしくて、祖父ちゃんが存命の頃はよく家にも来ていた。死んでからは会うことはなくなったが、去年高校に通う時に駅前のバスターミナルを通った時に久しぶりに会ったんだ」
高校に入ってそんなに経ってなかったから、自転車通学とはいえ細かい近道になりそうな道も全く知らなかったから、受験の時にバスが通った道をそのまま辿るようにしていた。
さすがにバスターミナルに入る事はなかったが、ある日放課後に喉が渇いたから自販機でジュースを買おうと思ってロータリーに入ったんだ。
そうしたら、駅舎の入り口に一台自販機があることに気付いたから駅舎に近づいた。そこで駅舎からたまたま出てきた爺さんと再会したんだ。
爺さんは、俺の祖父さんもだが加田鉄道が廃止する日まで働いていたらしくて、還暦をむかえてからはボランティアで駅の清掃を始めていたらしい。
小学生の頃はよく遊んでもらったから、少しでも恩を返せるようにと思って手伝い始めたんだ。
約一年後爺さんが亡くなるまでな。だけど亡くなる前に言われたんだ。
『聡司君、すまないがわしが死んでも掃除は毎日や毎週じゃなくても構わん。続けてほしい。さもないとあの駅は、鉄道はすたれてしまう。いくらもう何も残っていなくてもわしらにとっては美しい場所だったんじゃ』
だから、俺はここにいる。まあ、大学に進学するならここから離れなきゃいけないから、何かしらの手を考えなきゃいけないだが…。
「いい話じゃない」
俺の話を聞いた瞳はニコニコと笑っていた。
正直ちょっと恥ずかしい。
「まあ、全部掃除出来てないのが爺さんに申し訳ないんだけどな」
「そうなの? 駅の前で聡司の自転車見つけてから、ここまで見ていた限りではきれいにしていた感じがあったけど?」
「駅はな」
「駅? ああ、それは仕方ないんじゃないの? ほとんど道や公園とかに舗装されてるんだし…」
「そういう意味じゃなくて。ホームまでは掃除してるんだけど、線路や列車とかは…」
「なんで?」
「いや、線路はいくら列車なんて走ってこないなんて分かっていても抵抗感じるし、列車は構造とか全く分からないから、変に触って壊したりする可能性もあるし…」
いくら田舎に住んでいるとはいえ流石に列車に乗ったことくらいはある。都会は十分に一本以上来るのに線路上に降り立つのは自殺にしかならないので怖く。自動車もそうだが、操縦する人間に免許が必要とする乗り物は俺自身がそれぞれ必要とされる免許を取得するまで、乗る以外はあまり触りたくない。壊れたりすると責任を持てないからだ。
「線路なんて入っても大丈夫なんじゃないの? それに、奥にホームに行く時にはどうしているの?」
前述の通り、この駅には複数ホームがあり、一つはこの駅舎を出たすぐの所、そしてもう一つは最初のホームから線路を二つ隔てた向かい側にある。ちなみにだが保存にされている車両はそのホームから更に一本線路を跨いだ先の線路に止まっている。
「ここからは見えないが、ホームとホームの間に踏切があるんだ」
「そこまでは行くのに列車までは行かないなんてつまらなくない?」
「言っただろ。変に触って壊したくない」
「整備とかそういう大学や専門学校に進学したら?」
「これで進路を決めるのはどうかと思う…」
「サボりの代名詞はそこまでしないか」
「誰がだ」
「まあ戯れ言はさておいて列車の中見たいな」
「え?」
「案内してよ。関係者さん」
自由に見学出来る。
それは車両も例外ではないということはずっと前から知っていた。
しかし、それは前述の理由や俺がそこまで鉄道というものに興味がないことにより、そこまで行ったことはない。
もしかすると、車両がホームに止まっていたならば勝手に休憩するときや掃除に車内に入っていたかもしれないが。
見学自由。
そう入り口に表記されていてもと俺がここでボランティアを手伝い初めてから見学者を見た覚えはない。
といっても俺が常にここにいたわけではないが。
かといって好きでも詳しくもないから解説とか言われても到底出来るわけではなく、むしろありえないだろう。
なのに。
「ほんとに駅の中に踏切ってあったんだ。学校が近いのに意外と身近のものを知らないものね」
なんで俺は白線の外側、しかもあと一歩でも踏み出せば線路のにダイブする場所にいるのだろう。
「やっぱりやめないか? 俺は列車のことは本当に無知だから解説とか出来ないし、爺さんが亡くなってからは掃除も一切されてないから汚れているだろうし」
「掃除は聡司の仕事でしょ?」
「仕事じゃないし…」
「一回行ったらきっとトラウマがなくなって自由に行き来出来るようになるって」
「トラウマではないんだけど…」
「じゃあ行こう」
俺の提案はスルーし、瞳はためらいを見せることなく線路に飛び降りた。
俺は少し考える。いくら頭で列車は来ないと分かっていても、やはり抵抗感を覚えるが、先に行かれた以上追いかけねば仕方ない。もちろんほっておくという結論がないわけではないが、車両に入る気満々の瞳に知らぬ間に何か壊されても困る。もっとも現状では何か壊されても元々をしらないため、全く気付かないのだろうけど。
「行くか」
決心して飛び降り、既に車両に到達していた瞳の所に行く。
「これどうやって入るの?」
「ホームに止まってるの乗り降り楽だけど、これは運転席から入るらしい」
「らしい?」
「実際に来るのは初めてだからな。こんな間近で見るのは初めてだからここから先は本当に爺さんの又聞きでしかない」
「運転席ってまさかこのはしごで?」
「ということだろうな。ホームに止めてくれてたら良かったのに」
俺はそう言いつつ、はしごに手をかけのぼり、ドアを開ける。鍵は一切かかってなかった。
ちょっとセキュリティに不安を感じつつ、車内に入ると瞳も続けて入ってくる。
運転室は狭いので、そのまま客室へと入る。やはり客室へ入るドアに鍵はかかってなかった。
客室は少なくとも半年は掃除されてなかったためか、あちこちに埃をかぶっている。しかし、それがかえってノスタルジックを強調しているように思えた。
「バスより快適に移動出来そうね」
と瞳は呟く。
前述の通り現在駅前からにバスターミナルがあり、そこからはかつて加田鉄道が走っていた地域をバスが結んでいるが、この辺りは田舎で、少し離れた都市へ向かうにもいくつか山道を走るが急カーブや急坂が多く結構揺れる。
「それは同感だな」
「あ、あれ…」
突然となりで瞳が声を上げる。
「何?」
「写真が…」
瞳が指差す先には網棚があった。そこには片手では数えられない数の写真が写真立てに入れられて飾られていた。
近づき手を伸ばして一枚をそっと下してみるの白黒で撮られた古い写真だった。それに映っていたのは『ありがとう、さようなら加田鉄道』というプレートが張られた列車とその前で笑顔を見せているたくさんの男性の姿だった。きっと加田鉄道の廃線直前の写真なのだろう。
「きっと爺さんの思い出の場所なんだろうな」
「ほかにもあるのかしら?」
せっかくここまで来たのだという好奇心で、俺も瞳も列車内を何かないかとくまなく探し始めた。
もともと一両しかないし、列車というのはそこまで広い空間であるわけではない。
十分もあれば終わっていた。見つかったのは写真の他には手記が二冊と活動日誌が一冊。どうやらボランティアは爺さん一人ではなかったようだ。
名簿を見ると住所は県外ばかりだし、主だった活動記録も最後の記録では三年前であるからしてどうやらこまめにやっていたのは爺さんだけだったという話だったようだが、それまでは一年おきに活動していたが、三年前以降書かれていないことを見るともう解散したのかもしれない。
「いい話じゃない」
と瞳はこっちを見て笑う。きっと持っていた日誌に書かれてあった文章を読んだのだろう。それを見つけたのは俺だからもう読んでいた。
既に石炭を運ぶという需要はトラックにとられ、乗客も自家用車を使うようになり、日に日に乗客の数は減っていくばかり。
会社ももう鉄道事業をたたむと決定していた。
もうだいぶ土地や車両の売却先も決まりつつあるらしい。
しかし、私達はなんとか一つの駅だけは記念に残したいと考えていた。
もう何度も嘆願書を提出し、会社も前向きに考えてくれているらしい。
もはや鉄路すべて残すことは不可能だが、少しでもここに鉄道があった事や私達がいた事の証を残せればいいと思う。
そんな感じの文章だったと思う。それ以降廃止まではこの場所を守る決意や努力を廃止以降は時々集まり、清掃や記念品を飾っていったというエピソードとかが綴られていたはずだ。
これら以外の記念品が今どこにあるのかはちょっとわからないが、用事がない時に探してみるのもいいかも知れない。
掃除する場所も増えたことだしな。
「この場所を守るか」
つい口にだしてしまった。
「サボりの代名詞もたまには真面目なことをいうのね」
「いつだって真面目だ。まあ用事がない時に限定されるけど…。って用事?」
「どうしたの?」
「そういえば瞳は俺になんの用事があったんだ?」
「そうそう。ねえ、夏休みってつい曜日感覚なくなるよね?」
「そうだな。それが何か?」
「当然ですがクイズ。今日は何曜日でしょうか?」
「全然覚えてないな…」
「なるほど。ちなみに月曜日です」
「月曜日?」
なんだろう嫌な予感がする。
「そうそう。ちなみに文化祭に向けての私達のクラスの発表である演劇の練習日なんだけど?」
「そうだったけ?」
「さすがサボりの代名詞っていうところかな?」
「…。」
「ちなみに今日サボったら処刑されるらしいってクラスの誰かからメールいってたはずだよね?」
「すみませんでした」
「じゃあ学校行こうかしら」
「待って、せめて言い訳が思いつくまでは…」
「じゃあ一つだけ聞いていい?」
「なんで制服着てるの?」
「あ…」
そうだ、思い出した。俺は学校に行こうとして、ちょっと早く着きそうだし、かなり暑いから駅で休憩しようとして駅に寄ったんだ…。
そして休憩のつもりが寝てしまってそのまま忘れて、瞳が来て…。
「その様子だと学校行って断罪からは逃れられないみたいね?」
「違うんだ! 聞いてくれ!」
「さあ登校登校」
俺は言い訳を考えつつホームや駅舎を抜けつつ、瞳を追う。
駅を出て止めてあった自転車にまたがりつつ一瞬振り返る。
ここの周りは少しずつ近代化を見せているのに駅は時間が止まっている。しかしそこには爺さんたちに歴史は確かに存在しているのだ。
これは確かな証なのだ。
今は一往復も走らない零往復。もうここに列車が走ることはない。
普段使っている鉄道というものは、なくなると大変不便です。
しかし、もっとも困るのは現場で働いていた職員のみなさんでないでしょうか。縁の下の力持ちであるというべき鉄道職員のみなさんにだからこそ鉄道に特別な思い入れがあるのではないかと思いつつ書きました。