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致死量の鼻血を噴射させる風紀委員長~エロ編~

「紗那さあああああーーーーーーーーーーーーーーん!!」


 教室の扉を勢いよく開くなり、千明は意中の人の名を叫んだ。

 クラスメイトたちは突然の叫び声に一瞬身体を強張らせたものの、ハイハイまたいつものねと言わんばかりの顔つきで、すぐに各々の世界へと戻っていく。


 千明は窓際の席に腰かけている念願の少女の姿を見つけると、瞳を爛々と輝かせた。

 だが紗那はといえば、千明が自分の名を呼んでいることに全く気づいていない様子である。


 彼女は机の上に広げられた半紙を前に筆を握っている。

 書道の有段者である彼女は何かにつけて半紙に自分の気持ちをぶつけるのだが、今日は随分と集中しているようである。


 千明は教室内の人混みをかきわけ──というより実際には周囲の人間が千明を避けていくのだが、一目散に紗那の元へと駆け寄った。


 千明には、今日の彼女が何やらひどく思い詰めた表情をしているように思われた。

 一体どんな字をしたためているのかと見やれば、「人妻」の二文字であった。

 彼女の机の周辺には力強く「人妻」と書かれた半紙が散乱している。


(紗那さんはなぜこのような嫌らしい熟語を真顔で書き続けているのか……!!)


 紗那の気迫に圧倒されるばかりの千明であったが、そこは思い切って声をかけねば何も始まらない。


「しゃっ紗那さん!!」


 と、紗那はやっと千明の存在に気づいて顔を上げ、


「……あ、杜くん。どうしたの、ってギャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」


 そして大絶叫。千明はわけもわからずきょとんとしている。


「も、ももももも杜くん……!?」

「? どうしたというのですか紗那さん?」

「も、杜くん……は、鼻血、出てるよいっぱい……!!」


 ずばーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!


 千明はようやく今起こっている大惨事に気づいた。

 不良生徒たちに暴行を受けてから静と会話を交わしているうちに、一度は治まりを見せた鼻血だったが、「人妻」と書き連ねる紗那を前にして気持ちが昂ぶったことにより、またも噴射が再発してしまったのであった。


「お、おおお……おおおおおおおおお……!!」


 千明は自らの鼻血に恐れ戦いていた。


(あああああああああああ紗那さんの前で何たる失態!! も、もしかすると紗那さんは、俺が何か、え、え、ええええエロいことを考えては鼻血を出したと思っているのではなかろうか……!! ち、違う違う違う断じて違う、誤解を解かねば!! 冷静になれ俺よ、風紀委員長として仕事を遂行している時の自分を思い出すのだ……!!)


「我、エロき事想うて鼻血垂れ流す者に非ず」


 千明が口にしてから後悔したのは、文語体の中に混じった口語体「エロ」の存在が悲しいかな悪目立ちしていることだった。


(うおおおおおおおおこんなの逆効果だーーーーーーーー!!)


「そ、そうなんだ……」


 紗那はそっと千明から顔を背けた。

 それは何もエロという単語のせいだけでなく、千明の変態性そのものに対して目を逸らしたくなったからに違いない。


(ああああああーーーーーーーーーーー!! 俺の恋もお終いだあああーーーーーー!!)


「ぐおおおおおぉぉぉおお!!」


 千明は頭を抱え込み、床にうずくまった。

 そんな尋常でない様子の千明に戸惑うのは紗那である。


「ど、どどどどどうしたの杜くん……!?」

「わ、我、エロき事想うて、は、鼻血垂れ流す者に非ず……鼻腔内毛細血管の脆弱さ故に、我、鼻血垂れ流す者なり……」

「も、杜くん、と、とりあえず、鼻血拭こうよ、ね……?」


 紗那は千明にティッシュを差し出す。


「す、すみません、紗那さん……」

(ああ……紗那さん、なんて優しいんだ……)


 紗那の優しさに心打たれて、思わず千明の涙腺が緩む。

 鼻血垂れ流す者、しかもエロいことを考えていた疑いのある者にさえ親切心を忘れないとは、さすがは自分の恋の相手に相応しい女性であると思った。


 千明は有難くティッシュを受け取る。しかし、


(こ、これは……!!)


 瞬間、衝撃を受けた。これは──ティッシュなどではない。

 だが紗那は自らが犯した過ちに気づいてはいなかった。


(これはティッシュじゃないぞ!? 姉貴の部屋で見たことがある……これはアレだ、そう、アレ、確か……スナプキンとかいうやつに違いない!!)


 千明はその名称こそ微妙に間違えていたが、用途については理解していた。

 青色の液体を用いたコマーシャルが頭を過ぎる。


「しゃ、しゃっしゃっしゃっしゃっ紗那さん、俺、悪いですから自分の使います!!」


 心配そうに千明を見つめる紗那に真実を伝えて恥をかかせるなど、千明にはとても出来なかった。


 千明は紗那から受け取った物を返してから、自分のポケットをまさぐる。生憎ティッシュの持ち合わせはない、だが親指の先ほどまで使い込んだ消しゴムがちょうど二つ出てきた。

 やむを得ず千明は、その消しゴムを鼻の穴に突っ込む。

 紗那はぎょっと目を見開いた。


「えっ、で、でも、そんなのよりティッシュのがいいんじゃ……」

「いえ、ティッシュも消しゴムも俺によっては同じようなものですから。字を間違えたときは舐めたティッシュを使いますし、逆にトイレで消しゴムを使うことだってあります」


 それは千明の精一杯の強がりであり、紗那への思いやりだった。


(俺は紗那さんにいつだって優しくありたいだけなんだ……たとえそれが、紗那さんをドン引きさせることになろうとも)


 さすがの千明も紗那のひどく強張った顔つきを見れば、彼女が引いていることを認めざるを得なかった。


(ああ今更ながらに他に言いようがあったのではないかと悔やまれる……なぜ俺は汚物を消しゴムで拭くなどという破天荒なことを口走ってしまったのか……ああもう心が折れそうだ、しかし……しかし!! 俺には今日、やらねばならぬことがあるのだ!!)


 千明は弱気な心を吹き飛ばす気持ちで、大きく咳払いをした。


「あの!! ところで、紗那さん……」


 そして一言一言、ゆっくりと口を開く。

 容量オーバーした消しゴムによって鼻の穴が痛んだが、そんなことを気にしている場合ではなかった。


 ──その頃、時を同じくしてちょうど生徒会室に辿り着いた静が、謎の回転木馬に絡まれているなど、彼らは知る由もない。

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